天槍のユニカ



秘密の蓋(12)

「陛下にご挨拶を」
「あら……わたくしが申し上げてもよろしいのかしら」
 わざとらしいほどの明るい声音に、その場にいるすべての者が異変を感じた。
 皆の――王の視線を受け止め、レオノーレはにっこりと笑ってみせる。
「わたくしの声は、陛下のお耳に障るのではないかと心配で」
 その一言で、明るい日差しが場違いに思えるほどに広間の気温が下がる。視界の隅でディルクが真っ青になっているのも見えたが、知ったことではない。王がどう返してくるかをレオノーレは見たかった。
「さようなことがあるものですか。陛下は、公女殿下のようにお元気ではきはきと喋る女性が、大変お好きですよ」
「……テオバルト」
「おお、これは失礼いたしました。この場には相応しくない話題でしたかな」
 エルツェ公爵の陽気な冗談に、張り詰めた空気はふと和らぐ。安堵して笑いを漏らす男達を睥睨しながら、レオノーレは内心舌を打った。まあいい。しかし彼女の機嫌が直ったわけではなく。
「それは安心しましたわ」
 憤りの火を燻らせたまま、レオノーレは覚えてきた口上の文言を唱えあげた。


 レオノーレのあの一言から、どうも昼食の席を覆う空気がおかしい。ぎすぎすした雰囲気に肩を強ばらせながら、ユニカは運ばれてくる料理を少しずつ食べていた。
 ディルクとエルツェ公爵を中心に和やかな会話が続いているが、もともと口数の少ない王ばかりか、こういう場でのお喋りは得意だと思っていたレオノーレさえ、ほとんど口を開かない。朗らかな笑い声が響く一方、恐ろしく冷たい沈黙がテーブルの上に横たわっている。
 その微妙な空気にユニカが巻き込まれないよう、ディルクと公爵が配慮してくれているのか、ユニカに話題が振られることも少なかった。ありがたいが、この気まずさはどうにかならないものか……。いつにも増して油断出来ない気がして、ともすれば誤って舌を噛んでしまいそうである。
 現在の話題は馬だ。貴族の男子に不可欠な素養の一つが馬術で、どこ産のどういう血筋の馬を持っているかというのも重要らしい。話題の中心はしばらくディルクだった。彼の乗っている軍馬が、シヴィロ王国のギルブス領邦産の由緒ある血統の馬で、いつぞやの戦で勇猛な戦いぶりを見せたとかなんとか。お世辞の混じったうわべだけの話であることはディルクも分かっているようで、彼もこの空気を壊さない程度に適当にあしらって笑っている。
「公女殿下もギルブスの馬にお乗りだとか。鞍上の殿下のお姿はさぞ凜々しいことでしょうね。拝見してみたいものでございます」

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