天槍のユニカ



秘密の蓋(11)

 王は、その力を外交の様々な場面で発揮してきた。この二十年のシヴィロ王国の国境が安定しているのは、この王の功績といって良いだろう。剣ではなく対話で、南北を接する国と不可侵条約を結び、それを強固にするための商業活動を推進し、ウゼロ公国の内政への影響力も強めた。
 安定した外交と貿易のために王国は豊かになり、王妃クレスツェンツの衛生行政推進政策と相俟って、国民から王家に向けられる尊敬と親愛の念はいよいよ高まった。
 ただの人気取りではなく、時間が掛かっても人々の暮らしを豊かにする方法を考える。当代のシヴィロ国王ユグフェルトは、良い王であると、レオノーレも思う。
 しかしそれはシヴィロ王国内における話。王が進めたトルイユ国との親和政策により、ウゼロ公国と険悪な関係が続いていたかの国は国力を増した。災害と飢饉は臣下の叛乱を招き王家を倒したが、シヴィロ王国との交流で得られる利益がトルイユ国の崩壊を食い止めている。
 そして国内の混乱を言い訳に、ウゼロ公国に対しては親交を申し出ると同時に、国境付近の鉱山を奪い取ろうと兵を差し向けてくるようになった。軍を発する余裕が出来たのも、シヴィロ王国との国交があってこそだ。対して公国は、王国の方針が親トルイユである限りトルイユ国に全面対立することが出来ず、後手に回って侵攻を防ぐのが精一杯だ。
 もし、ユグフェルトの秤がわずかでもウゼロ公国の方へ傾いているのなら、兄弟国の公国を害するトルイユ国には、親交ではなく制裁の槌を振り下ろしてくれるはずだ。けれど現実は違った。
 国王ユグフェルトの念頭にあるのはシヴィロ王国の繁栄である。そのためになら、ウゼロ公国とトルイユ国の緊張状態さえ利用するだろう。
 それが血を分けた弟への仕打ちだろうか。これは国同士の駆け引きの結果。レオノーレとてそれは理解しているが、それでも、シヴィロとウゼロは特別な関係を育んできたはずなのに。
(それにもとはと言えば、大公家との信頼関係を損なうような真似をしたのは王家の方が先よ)
 そして目を瞑った。王家も、大公家も。抱え込むことになった歪な感情がいつしか棘に変わることを分かっていて、互いの裏切りから目を逸らしたのだ。
 王はシヴィロ側の上座に着いた。腰を下ろす直前、その明るい緑色の瞳が一瞬だけレオノーレを見る。視線がぶつかったからには無視するわけにもいかないので、レオノーレは腹の底にわだかまるものを抑えて姫君らしく淑やかに微笑んだ。しかし、王の視線は冷たく背けられてしまった。
「……」
 自分の頬が引き攣れるのが分かった。なるほどそういうつもりか。新年の挨拶時には人目が多かったので、公国からの参賀を丁寧に労われたが、やはり王はレオノーレを歓迎してなどいなかったのだ。ディルクを送り届けたエイルリヒがぞんざいな扱いを受けたことも思い出し、レオノーレの微笑みはみるみる凍り付いていく。
「……姫さま」
 再び椅子に落ち着いてからも、レオノーレはその冷ややかな眼差しでじっと王の横顔を見ていた。ここで彼女が挨拶の口上を述べることになっていたが、敢えて口を噤んだまま。
 公女の機嫌が急降下したのを察したドナート伯爵は、焦った様子でそっと声を掛けてくる。

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