天槍のユニカ



秘密の蓋(10)

 使節としてではなく、ディルクの妹、ユニカの親友としての使命感に燃えるレオノーレは、ドナート伯爵に耳打ちしつつ、口許を扇子で隠して堪えきれずにまにまと笑う。公女の振る舞いを一片も御しきれない伯爵は気が気でなかった。それでもどうにか諫めようとの努力はする。
「姫さま、王家の姫君を呼び捨てになさってはいけません。万一あちらのお耳に届いていたら……」
「平気よ、あたしとユニカは大の仲良し。親友だもの」
「……いつのまに」
「いつのまにって、元日のご挨拶以来、たびたびお話ししてたでしょう」
 使節の役目と見合いを放り出してですね、と言いたげな伯爵の表情を、レオノーレは厚情で見逃してやった。そして改めて、心細げに顔を伏せるユニカを観察する。
 ディルクの恋人は、レオノーレが認めた彼女の友人でなくてはならない。レオノーレが勝手に決めている掟だが、ユニカはまずその難関を突破した。理由は特に無い。強いて言うならレオノーレに媚びてこないところや、あの<fィルクの甘い囁きを揺らぎながらも突っぱねている姿が面白いからだ。そんなユニカをディルクが欲しいというのなら、レオノーレはいくらでも手助けをするつもりである。
「いや、それより姫さま。今日のようなことが続いては困りますぞ」
「今日のような?」
 せっかく楽しい気分でユニカを観て≠「るというのに、ドナート伯爵は耳許でうるさい。扇子の影でじろりと目を眇め、レオノーレは初老の伯爵を睨みつけた。
「今日は、公国の鉱物資源にまつわる大切な会議の日程を調節するための協議を行うと、申し上げてあったはず。姫さまは大公殿下のご名代としてシヴィロ王国へいらしたのです。鉱物は我が国の経済を支える重要な資源。その扱いに関して大公殿下は目を光らせているという意思を示すためにも、ご同席頂かねば……」
「『会議の日程を調節するための協議』って何よ。会議のために会議をしてどうするの、まどろっこしいわね。そんなものに参加してあたしが釘を刺したからって、実際の話し合いはまた別の機会に行われるわけでしょう? だったら意味ないわ。今後もそういう話し合いについては、交渉の経験が豊富な伯爵に一任します。これで文句ないわね」
「姫さま」
 さらに詰め寄ろうとしたドナート伯爵の声には悲壮感が滲む。しかし彼は引き下がらざるを得なかった。侍従長が、王の到着を告げたからだ。
 着席していた客たちは一様に立ち上がって王を迎えた。
 レオノーレの父より十も上のシヴィロ国王は、口の周りに蓄えた髭のせいか、もっと年嵩に見えた。その明るい緑色の瞳に宿る光は鋭く、知慮に優れ周囲を観察することを怠らないのが分かる。それが彼を王たらしめているのだ。人を見ている。よく観察している。口数は少ないのに些細な会話のみで人の心を掴むことが出来るのは、彼が人と向き合うときにその表情の微細な変化、言葉尻に含まれる微妙な意味を掬い上げ、相手の心をくすぐる能力に長けているからだ。

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