天槍のユニカ



秘密の蓋(4)

「あたしとユニカは親友だもの。いつでも一緒にいるわ」
「親友? 親友は脅して得るものじゃない。それに何がいつでも一緒にいる≠セ。使節の役目を放り出す口実にユニカを使うな。使節の役目の話だけじゃない。陛下から聞いたぞ、見合いの話――どういうつもりだ」
「別に脅してないし、見合いについては色々と申し開きがあるわ。でももっと大事な話があるのよ。いいからちょっと聞いて。大きな声では言えないの」
 レオノーレは甘える声で粘り強くディルクにすり寄り、先程ユニカにしたように彼の腕を抱え込む。相変わらず面白くなさそうな顔をしているディルクだったが、そうまでされると諦めたらしい。
「……すまないユニカ、また次の機会に」
 彼は溜息混じりに謝ってきた。別に謝られるほどのことではない、と思いつつもユニカは小さく頷き返した。苦笑するディルクの横顔は、レオノーレに腕を引っ張られたがために一瞬で見えなくなる。
「……」
 もう少しだけ、こちらに視線を残してくれると思った。けれど隠れてしまった青緑の瞳。
「我々も行くよ」
 ユニカは我に返り、差し出された公爵の手に指先を預ける。
 なんだろう。今、頭の中にふと空白が出来た気がする。
 それが何なのか分からないまま、ユニカは先だって歩く王太子と公女の後に続いた。
 彼らの後ろ姿はとても華やかだった。自信と矜持でしゃんと伸びたレオノーレの背中には、赤いドレスにさえ映える朱金の髪が豪華に揺れる。真珠と金、スピネルのビーズを薔薇の形に組んだ髪飾りは公女の身分を示すもので、それも彼女の容姿に確かな魅力を加えていた。
 隣を歩くディルクは濃紺の上着を羽織っていて、こちらもまた髪色が映える装いだった。上着の肩やウエストのあたりには慶賀の白と金で月桂樹の葉の意匠が刺繍されているから、地味さもない、よく似合っている。
 兄妹と言うには随分印象の違う二人。レオノーレがディルクの腕にしがみついて歩く様子は恋人同士のようにも見える。
 だからどうしたと言うわけではないのだが……。
「そんなに殿下を見つめて、一人前に嫉妬でもしているのかい」
 突然思考に入り込んできたエルツェ公爵の声に、ユニカははっとなった。
「ち、違います」
 声を上擦らせ思わず公爵の指を振り解くと、彼はやれやれと息をつきながら足を止めた。
「別にどちらでもいいけれど、何も手を放せとは言っていないよ」
「……はい」
 公爵の手に再び指先を預けながら、ユニカは気まずさに耐えきれずうつむいた。
 見つめて? 違う違う。二人は前にいるのだから、顔を上げていれば彼らの後ろ姿は嫌でも視界の中央にある。それだけではないか。まったく、適当なことを言ってくれる男だ。
 足許を見て歩いていれば「背筋を伸ばしなさい」と小声で叱られ、ユニカは仕方なく顔を上げた。すると、やはり否応無しに前を歩くディルクとレオノーレの背中が目に入る。

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