天槍のユニカ



秘密の蓋(3)

「公、お忙しいところ昼食会にご同席下さって、ありがとうございます」
「いやいや、今は暇を持て余しているところです。ユニカ様の付き添いなどお安いご用でございます」
「ならばよかった。しかしもう少ししたら、また忙しくなって頂いても良いでしょうか?」
「ふむ。勿論、私ごときでお役に立てることがあるのなら、再び王家のために働きたいとは思っておりますが」
 二人は形式的な笑みを浮かべ、挨拶と言うには少々意味の分からない言葉を交わした。何やら政治に関わる話題らしい。では自分には無関係だな、とユニカが気を抜いた瞬間、その言葉は耳に飛び込んでくる。
「公のための椅子の話は、後ほど陛下と一緒に調整させて頂きましょう。ところでお願いがあるのですが。ユニカをエスコートする役を、譲って頂けませんか」
 ユニカの口から、思わず「えっ」と声が漏れる。ディルクは公爵に向けてにっこりと笑みを浮かべたまま、ユニカの方を見てもいない。一方の公爵は、ほんの一瞬にやりと口許を歪ませた気がした。そして、
「もちろんですとも」
 未来の養父は、ディルクと同じにおい≠フする笑顔で頷く。その瞬間、二人の間には何か示し合わせたことがあるとユニカは直感した。しかし、だからといってユニカが二人に対抗する術は無い。
「ありがとうございます。おいで、ユニカ」
 手を差し出されて、ユニカはうっと息を呑む。いや、狼狽えることはない。二人きりではないのだし、これはただの儀礼的な接触。そう思ってディルクの手を取りかけたユニカだが、はたと気づいた。この手を取ったら、そのまま昼食会の会場へ行くことになるではないか。
 貴婦人たちの好奇心に溢れた眼差しが脳裡によみがえった。あの、ディルクとユニカの間に何かあるのではないかと探る眼差し。昼食会の席に貴婦人たちはいないが、王国、公国、双方の貴族たちがいる。
 元日、ディルクからほとんど離れることなく彼の庇護に甘えていたことが困った噂の主たる原因なのに、さらに憶測の材料を上塗りしてしまうわけにはいかない――
「待って、ディルク」
 と、躊躇っているユニカの視界の端から、赤い絹に包まれた腕が現れた。指ののばし方さえ優美に感じる仕草で、レオノーレは素早くディルクの手を攫う。ユニカは瞬時に事態を飲み込めず、大きく目を瞬かせた。
「お前に言ったんじゃない」
 妹姫に指を掴まれたディルクは、ちらりとユニカの方を窺いつつ露骨に不快な顔をした。
 しかしレオノーレもめげない。指先を抜き去られそうになれば、素早く兄の手首を掴む。
「いいでしょ。あたしは公国の代表よ? 王太子のディルクが引いてくれるならちょうどいいと思うのよ」
「ドナート伯爵に引いて貰え。第一、何故お前がここにいるんだ。ユニカの控え室から出てきただろう」

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