天槍のユニカ



秘密の蓋(5)

 レオノーレは甘えてディルクの腕にしがみついたままで、不意に首を伸ばし兄の耳許に何事かを囁いた。直後に声を殺して笑ったレオノーレは、そのままディルクの肩に頭をすり寄せたり。ディルクはされるがままだったが、嫌がっているわけでもない。どんな甘え方をされても許せるくらい、兄妹仲が良いのだ、きっと。
 あんな風に甘えられるのが羨ましい、と思わないわけでもない。何の後ろめたさもなく気持ちのままに振る舞えたなら、伝えられることはたくさんあるだろう。感謝も、不安も、戸惑っていることも、本当は心強いと思っていることも。
 けれど、ディルクの手を即座に取らなかったのは自分だ。彼の隣に立つには相応しくないと思っているのも自分。彼の隣で注目の的となるのが嫌だと思っているのも。
 そうして拒み続けていれば、いずれディルクも諦めて、妃に相応しい身分と資質を備えた姫君の手を取るだろう。ユニカは、今まさにレオノーレと歩くディルクを見ているように、誰かと寄り添う彼の後ろ姿を眺めるだけだ。
 それがどうかしたの? 解っていることではないの。
 それともまた、彼がちょっとだけ強引に手を掴んでくれると思ったの?
 ユニカはむかむかと靄の立つ自分の胸に問うてみたが、返事はなかった。


「いったい何をやらかしたんだ」
 左腕にまとわりつく体温の主がユニカであったら、どんなに良い気分か。虚しくそんな想像をしながら、ディルクは前を見たまま声を低めて呟いた。
「ぜひ冷静に話を聞いて欲しいから、まずは怒らないと約束してくれる?」
「内容次第だな」
「困ったわね、それじゃあ話せないじゃない。ユニカが言った通りディルクには何も教えないでおこうかしら」
 ユニカの名と意味深な言葉につられ、ディルクはつい妹の顔色を確かめてしまう。エイルリヒと同じ形の青い目がにやりと嗤った。そうしてレオノーレはいっそう強くディルクの腕にしがみついてくる。
「どうする? 怒らないって約束してくれる?」
 その挑発的な小憎たらしい笑みを見なかったことにしたい。しかし、どうするかと言われれば彼女に従うしかなかった。レオノーレが時々戦慄してしまうほどの行動派であることを知っているので、どこで問題を起こしてきたのか想像もつかないし、それにユニカが関わっているとなれば見過ごせない。
 舌打ちしつつもディルクは頷く。するとレオノーレは目を細めて甘えた笑みを浮かべ、直後、一瞬で表情を引き締める。
「実は昨晩、ユニカを連れてアマリアの街に出たのよ」
「……な、」
 予想以上の大胆な告白に、ディルクはつい叫びそうになった。
 夕刻、日没の鐘が鳴るとともに王城の門は閉ざされ、原則出入り禁止になる。外郭と内郭を繋ぐ門も封鎖されるし、二層に分かれた外郭の、内外郭と外外郭を繋ぐ門もほとんどが通行禁止だ。レオノーレが滞在する迎賓館は王城の内外郭にあり、当然、彼女とユニカが接触することは出来ないはずなのだが……。

- 551 -


[しおりをはさむ]