天槍のユニカ



両翼を成す子ら(6)

「別に何も想像してない」
「そうだ! たまには兄上らしく相談に乗ってください!」
「……客の相手をしないと」
 エイルリヒの反応を見る限り、彼は兄の反応を覚知していないようである。噛み合わない会話を続けるつもりはなければ惚気も悩みごとも聞きたくない。ディルクは熱っぽく訴える弟を無視して席を立とうとするが、エイルリヒはがっちりとその腕にしがみつく。
「女性をベッドに引きずり込むのは兄上の得意技でしょう!?」
「人聞きの悪い。引きずり込んだことなんてない。全部同意の上だ」
「だから、その同意の得方を教えてくださいってば!」
「大人になってから考えなさい、お前にはまだ早い」
「いーやーだー! せっかくクレスツェンツ王妃がユニカを引き取った理由も伯爵から聞き出してきたのに! 教えて欲しくないんですか!?」
 エイルリヒを引き剥がそうとしていたディルクの力が弛む。
 周辺の貴族の関心がそれぞれの方向へ向いていることを確認して、彼は再度弟の隣に座り直した。
「それを早く……」
「その前に、ティアナを口説くためのアドバイスをください。じゃなきゃ教えない」
「お前……」
 てっきりティアナ云々はその話≠するための前置きかと思ったが、エイルリヒの目はふざけていなかった。ディルクが呆れていると、その弟の目がちらりとディルクの背後へ向けられる。
『あーあ、彼女が来ましたよ』
 唇の動きだけでそう言うと、エイルリヒはディルクの腕を解放した。


「王太子殿下」
 ディルクはその声で初めて彼女が近づいてきたことを知ったかのように顔を上げた。
 見上げた先では横に立派な体躯の貴婦人が口許を扇子で隠しながら笑っている。
「ブリュック女侯。ようこそ、今日は楽しんでいただけていますか」
「もちろんですとも。お招きいただき、恐悦にございます」
 立ち上がったディルクに対し彼女は膝を折り、優雅に叩頭して臣下の礼をとった。ディルクも彼女の手をとって口づけ、老齢の女侯爵にエイルリヒの隣の椅子を譲る。弟の顔が一瞬強張ったのを見たが、無視だ。

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