天槍のユニカ



両翼を成す子ら(5)

 一方ディルクは、今まで話していた貴族の御曹司と別れ近くの椅子に一人で座っているエイルリヒの隣へ移った。
「何を気にしている」
「別に? 何も気にしていませんけど。あ、でもこれ、今日の袖口のレース。ティアナが編んでくれたんですよ。いいでしょう」
 エイルリヒはしきりに見下ろしていた自分の手をディルクの顔の前につき出した。白いレースで象られた繊細な紋様がひらひら揺れる。
「ふーん……」
 会場で会ってから弟はいつもに比べ少し落ち着きがないように見えていたが。婚約者からの贈りものを見てにやにやしていただけらしい。ディルクはげんなりとして溜め息をついた。
「ふっふっふ。実はこの付け根の方に、小さく『ティアナからエイルリヒへ』って編まれてるんですよ。まだ婚約が公表前ですから大っぴらには言えないことですけど、ちゃんと編み込んでくれて。ね? いいでしょう」
「そうだな」
 ディルクは浮かれた弟の声に冷たい相槌を打っただけで、目の前にかざされていた彼の手を押し退ける。そして杯に残っていた葡萄酒を啜りながら、低いところにある弟の頭を見下ろした。
「結局三日間、伯爵の屋敷に滞在してどういう作戦を練っているのかと思えば、本当にティアナと遊んできただけだったわけだな」
「ええ、楽しかったですよ。ティアナとの仲も深まったし。ああ、早く結婚したい」
「ふーん……」
 嫌味のつもりで言ったのだが、まったく気づいて貰えなかった。逆にかちんときたディルクは空の杯を給仕の者に渡し席を離れようとする。が、その袖をエイルリヒが捕まえた。
「ちょっと待った。ティアナとどんなふうに過ごしたのか聞いてくださいよ。てゆーかどう仲が深まったのか気になりませんか?」
「子供同士の付き合いの壁を越えたってことじゃないのか」
「どうせそういういやらしい想像をしているんだと思いました。だったらなおのこと聞いてください。十五歳の壁は思いの外高くて厚くて、兄上が想像していたところにはたどり着けていないんですよ……」

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