天槍のユニカ



傷口と鏡の裏U(12)

 まさか嫌な顔をするわけにもいかず、ユニカは歩みを止めないように視線を彷徨わせながら考える。なぜ急に、そんなことを。
「あたし、こんなんだから女の友達がひとりもいないのよ」
 ユニカが不審がっていることを察したのか、レオノーレは口の端を吊り上げながらぱたぱたと己の左脚を叩いた。やはり今日も、そこに剣を隠し持っているということか。
 真珠のアクセサリーに抜かりない化粧、ドレスは今日もルビーのような赤色で、金糸や銀糸混じりのレースが使われているから公女の装いは大変華やかだ。その姿からは剣を持ち歩いていることなど想像も出来ないし、大公家の姫君に相応しい出で立ちと社交慣れした様子、勝ち気な眼差しに、レオノーレと対面する者はまず気圧される。ユニカとはまた別の意味で近づき難い姫君かも知れない。
 けれど友人がいないなんて冗談だろう。ユニカと違ってレオノーレは話が巧い。初対面の貴婦人たちとだってすぐに打ち解ける。
「実を言うとシヴィロへの滞在は新年のお祝いが終わった後もしばらく続いて――かなりの長期に及ぶのよ。気を許せる友達が欲しいじゃない」
 ユニカの胡乱げな視線に気づくと、レオノーレは瞼を伏しがちにしょんぼりと声色を曇らせた。その様子があまりにも似合わないし、わざとらしい。ユニカは更にどう返事をすればいいのか分からなくなる。
「仲良くしてくれたら、ディルクのことを色々教えてあげるわ。好きな食べ物だとか、どうしてフィドルを弾き始めたのかとか、川遊びの途中で溺れて死にそうになった話だとか、なんでも!」
 レオノーレは決め手とばかりに張り切ってそう言った。少々声が大きくなる。肩をくっつけて歩くほど近いところに彼女の顔があったので、ユニカは直接頭に響いた声がうるさくてつい眉間に皺を寄せた。
「さっき、殿下の幼い頃のことはよく知らないと仰っていませんでしたか」
「誰にでも教えたりしないわ。なんだか勿体ないもの。でもユニカ様は知りたいでしょう? ディルクが王家へ来るまでのこと」
「別に、知っていてもいなくても、」
 いいことだ。彼がいずれ王家の主となりこの国の王となる運命と、ユニカの道筋は交わらないのだから。しかしレオノーレは何を勘違いしているのか、ユニカがディルクの求婚を断ったのは経歴や血筋に依拠する遠慮のためで、本当は彼の手を取りたいと思っている……そう考えて、二人の間を取り持とうとしている節があるようだった。実に迷惑だ。
 そしてユニカの推察は当たっていた。レオノーレはディルクの思惑こそ分からないものの、彼が妃に迎えたいというならユニカを励まし頷かせようと思っていた。ディルクがまたその気≠ノなったのなら、後押しすべきだと考えて。
 しかしながらユニカがレオノーレの腹の底や兄妹の事情までを知るはずもなく、ただただどうやって、公女の申し出に答えようかと悩む。
 親友。そう言われても。お断りしたいのが本音、という時点でレオノーレの気持ちには応えられそうもないのに。けれど対面したその日から今日まで、ヘルミーネのサロンでも公の行事の場でも、レオノーレと顔を合わせる機会はとても多かった。長くシヴィロ王国に逗留すると言う彼女の機嫌を損ねたら……などと、打算的な考えが働くようになってきてしまっている。それを気にするのは王族の役目であって、仮に王家の身分を持っているだけのユニカがどこまで責任を持って考えなくてはいけないのかという疑問もあるが。

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