天槍のユニカ



傷口と鏡の裏U(11)

 そしてまさに、ヘルミーネが紅をはいた唇を開きかけたとき。
「ユニカ様、ここから昼食会の会場へ向かわれるでしょう? ご一緒してもよろしい?」
 計ったようなタイミングで、レオノーレが割り込んでくる。
「……ええ」
「では行きましょう。公爵夫人、今日も混ぜてくれてありがとう。今度はわたくしからお招きする機会を作りますわ。ぜひユニカ様と一緒にいらして下さいな」
「恐れ入ります」
 何か言いたげな気配をありありと醸し出した笑みで、ヘルミーネは公女にお辞儀をして引き下がった。この場はどうにか追求を免れたが、あとが怖いような気がする……とユニカは思う。
 侍女たちの後片付けが終わるのを確認してからここを出る、と言ったヘルミーネとはそのまま別れ、ユニカとレオノーレは庭園の小さな館を後にした。
「眠たいですわね。結局ほとんど眠れませんでした。ユニカ様は?」
「三時間くらいは……」
「本当? わたくしは気が立っていて全然。あんなことがあったのに……案外肝の据わったお方なのね」
 扇子で口許を隠しながら、ふわわ、とレオノーレは大きなあくびを一つ。彼女らの後ろをついてくる王家の騎士と、レオノーレの侍女の足音が響くだけの廊下では、いくら声をひそめても二人の会話は彼らに聞こえてしまっているだろう。レオノーレの侍女はともかく、ユニカの傍に控える騎士はディルク配下の近衛騎士だ。ゆえにこれ以上その話をするのはまずい、とユニカは緊張した。
「ねえ、わたくしとユニカ様はもう何度も一緒にお茶をして楽しく話をしているし、昨日は一緒に夜の外出をして秘密を共有する仲でしょう?」
 レオノーレも騎士に会話を聞かれることを警戒しているらしい。声をひそめたくらいでは聞こえてしまいそうなら、直接耳許で囁くという方法をとった。
「ええ、……そうですね」
 若干納得いかない部分もあるものの、ユニカは素直に頷き返した。レオノーレの表情を窺うついでに、視界の端に映った騎士の様子も盗み見る。あまりにも親しげなユニカと公女の距離に、彼は怪訝そうな顔をしていた。
「でしょう? だからわたくしたちは、そろそろお互いのことを親友だと認め合ってもいい頃だと思いますの。どうかしら?」
「は……え?」
 ユニカは頷きかけ、しかしすぐに裏返った声を上げてレオノーレを見つめ返した。至近距離にある濃青の瞳が楽しげに輝いている。ああ、この色はエイルリヒと同じだ、目許もよく似ている、と唐突に気づく。
「いけません?」
「いけないというか、あの、」
 期待いっぱいの視線を向けられて戸惑い、ユニカは返事が出来なかった。親友というのは心を許しあった親しい友のことを指す言葉だった気がするが、レオノーレの言う親友とは、それと同じ意味でいいのだろうか。もし同じだったとして、果たしてユニカはレオノーレと心を許しあった仲か。少なくとも、ユニカからは心を許しきったわけではないし、レオノーレに対してはまだ好きも嫌いも無い――いや、ちょっと苦手なくらいで。

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