天槍のユニカ



両翼を成す子ら(4)

 知っていても口に出してはいけないことなど、たくさんあるのだ。

     * * *

 ウゼロ公国から迎えられた新しい王太子、ディルク・ヴェッツェル・ニグブル。
 彼の立ち位置をはかるのは大変難しい。
 ディルクはシヴィロ国王ユグフェルトの妹、王女ハイデマリーを母に持ち、ウゼロ大公家に生まれた。
 しかし六歳の時、ウゼロ大公エッカルトに二人目の男児、エイルリヒ・ザシャ・ガーゲルンが生まれると同時に廃嫡。以後、十五歳の成人を迎えるまで、ディルクはハンネローレ城の外で過ごした。
 成人してからは公国軍に籍を置き、二年前のバルタス金鉱山をめぐるトルイユ国との紛争では南の国境を含む金鉱山を奪還。そして講和をまとめる中心人物となった。
 ただし、バルタスの変事では大公の長女、レオノーレ・ヴロニ・ガーゲルンの活躍が大きく取り沙汰される上、講和の直後、ディルクは文官へ転向となったので、彼の功績が注目されることはあまりない。
 指揮官、外交官としての力を示したにも関わらず、この二年、ディルクの存在はずっと埋もれてきた。
 その彼にまさか王国の玉座が巡ってこようとは、シヴィロ、ウゼロ両国の貴族は誰も予想していなかった。
 ウゼロ公国からやって来た新しい王太子。
 果たして彼はどちらの国の人間なのだろう。
 入り乱れながらもシヴィロ派、ウゼロ派と別れている貴族はそれをはかりかねている。
 浮き足立つ他貴族を尻目に悠然と構えていられるのは実に気分がよかった。ブリュック女侯爵はほくほくした気分で腰を上げ、召使いを呼びつける。
 今日、エルメンヒルデ城の外郭にある迎賓館では王太子主催の昼食会が催されていた。その客の一人として招待にあずかったブリュック女侯爵は貴族と談笑しているディルクを遠目に見つけほくそ笑む。
 齢七十を目前にして、まさか失墜した家名の勢いを盛り返す機会が巡ってこようとは思いもしなかった。
 王太子の複雑さを理解できるのは、我がブリュック侯爵家をおいてほかにない。
 天の主神に感謝し、彼女は召使いに手土産の葡萄酒とジュースを持たせ、ふくよかな身体で人混みを掻き分けながら愛しの王太子に近づいていく。

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