天槍のユニカ



両翼を成す子ら(3)

「どうして手が離せそうにない彼女に言うの。エミ、お茶はわたしが用意するから行ってきて。博士には、殿下は少しお加減がよろしくないので、午後からのために大事を取ってお休みしたい。代わりに明後日の午後二時から授業をお願いしますとお伝えして」
「ええ」
 ディルクの一週間の予定などすべて頭に入っているティアナは、カミルが手帳を広げてあたふたしているうちにさらりと次の指示を出した。クリスタもエミもそれで満足そうである。形無しのカミルはついつい項垂れたが、
「あなたはお湯浴みの手配に行きなさいな」
「あ、ああそうだね。うん」
 ティアナに叱られ部屋を出て行こうとした。しかしそれもいったん思い留まり、テーブルの周りでせわしなく動き回るティアナを捕まえる。
「なあに、カミル」
「あの、さ。殿下がウゼロに恋人を残していらしたとか、そういう話は聞くかい?」
 ティアナは少しだけ目を瞠ると、腕を掴んでいたカミルの手を乱暴に振り解いた。
「寝言で女性の名前を……あ痛っ」
 さらに続けようとしていたカミルは悲鳴を堪えて黙る。ティアナが、ゆっくり力を込めて彼の爪先を踏んでいたのだ。
「クヴェン殿下のときはそうやってなんでもわたしたちが心配していればよかったけど、ディルク様はご立派な成人男性なのよ。わたしたちが心配しなくてもいいことがあるし、見なかったことにしなくてはいけないこともあるわ、分かる?」
 噛んで含めるような言い方ながら、ティアナの表情は険しい。そして爪先がいよいよ痛い。
 ぎりぎりと圧力をかけられていたそこが開放されると、カミルは慌ててティアナから距離を取った。
「わたしたちの仕事は殿下の生活のお世話。人生の相談役ではなくってよ。黙って自分の仕事をしなさい」
「はい……」
 悄然と肩を落としたカミルが今度こそ出て行くと、ティアナは物見高く二人のやり取りに聞き耳を立てていた同僚たちにも凄みのある笑顔を向けた。
「あなた方も、今言ったことは理解できているわよね?」
 彼女らは何度も頷いて、各々に手を動かし始めた。ティアナもまたテーブルの上に食器と料理を丁寧に並べていく。

- 69 -


[しおりをはさむ]