天槍のユニカ



傷口と鏡の裏(2)

 その問題は、いざ直面したときに考えればよい。ディルクは思案するのをやめて侍従のカミルを振り返った。
「通してくれ」
 案内されて来たのは、礼装をした二人の騎士だ。先立っていた騎士は五十路手前といった年頃で、あとに続くのは二十代半ばの若者。胸元には翼に紅いスピネルがはめ込まれた不死鳥のブローチが光る。いずれも大公家に仕える騎士だ。
 彼らの顔を見た途端、ディルクの表情は明らかに変わった。
「ヴィルヘルム」
 いつも人当たりのよい笑みを浮かべている方だ。それがカミルからディルクに対する印象だった。しかしこの時の主の笑顔の無邪気さには、傍にいる時間が多いカミルも驚かされた。
 好意が滲み出る晴れやかな表情で、ディルクは騎士たちに歩み寄る。
「よく来てくれた」
「お久しぶりです。うまくやっておられるご様子で」
「『ちょろい』なんていう言い方をすると、怒られるのかな」
「誰に聞かれているとも分かりませんので、お諫めしたいところですがね」
 そして年嵩の騎士と親しげに手を取り合い、冗談まで交わす。カミルは更に驚いて目を瞬かせるしかなかった。
 騎士の素性は事前に確認してあった。二人とも公女レオノーレが率いる騎士団に属しており、年長の方はその長だ。ディルクとどう関係があったのかまでは分からないが、彼らが面会を望んでいることを伝えると、すぐさま予定を調整するように命じられたので、ディルクも会いたいと思っていた人物たちなのだろう。
 それ以上考えを巡らせる頭を持っていないのがカミルである。お二人は仲がよろしいのだなぁと感心しているだけで、退室を促す主の視線に気づかない。
「カミル」
「はい」
「外しなさい」
「はっ、はい、失礼いたします!」
 主が言ってようやく、侍従はあたふたと部屋を出て行く。飲み物の手配など頭に無いのだろうな、とディルクは心配になるものの、恐らくティアナが気づいてくれるだろう。実際、この後少ししてから騎士達には温めた葡萄酒が振る舞われた。
 カミルの様子を眺めていた壮年の騎士――ヴィルヘルムは、堪えきれずに笑いを漏らした。
「シヴィロの王城は大変和やかなところと存じます」
「貶し言葉だな? 平和ぼけしていると言いたいんだろう。いいよ、俺もそう思っていた」
「平和が保たれているからこそ人が穏やかなのです。ディルク様のお顔を間近で拝見すると、そうした者たちの間で伸びやかに過ごしていらっしゃるのがよく分かります」
「そいうでもない、忙しいんだぞ。こんなに仕事があるのは久しぶりで嫌になってきたところだよ。陛下が働き者だから、余計に俺がぼんやりしているわけにはいかなくてね」
 これほど気安い会話を楽しめる相手は、シヴィロ王国にはいない。だからディルクは素直に嬉しく、侍従の前で王太子らしい顔を保っている自信が無かった。ゆえにさっさとカミルを退場させたのだ。

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