天槍のユニカ



傷口と鏡の裏(1)

第三話 傷口と鏡の裏


 時が許しさえすれば、あの場でユニカから望む答えを引き出すことはいくらでも出来た。ディルクはそう思っている。
 二人で出て行ったがために長く会場を離れていられるはずもなく、結局あれ以上ユニカに意地悪を言って迫ることは不可能だった。程なくディルクはユニカを解放し、相変わらず恐々としている彼女を連れて宴席へと戻った。
 それにしても落ちない。ユニカがディルクの言葉に動揺していたのは確かだが、まだ彼を完全に受け入れてはいないのだから手強いものだ。“いつもなら”、あれくらいの言葉を並べれば詰みとなるはずなのに。
 しかも一度解放してしまったばかりに、あの日以来、ユニカには警戒され続けている。ディディエンも姉か公爵夫人に何か告げ口したようだ。二人きりになるチャンスも彼女らによって徹底的に潰されている気がした。
 あのとき、あと一押しすべきだったか。余計な駆け引きをしようとせず、もっと触れたいと思った心のままに。
 絹越しに感じたほのかな体温、そしていつもと同じユニカがまとう不思議な香りを思い出せば、あの場で詰められなかったことがますます惜しい。
 いや、過ぎたことをあれこれ考えても無駄だ。地道に攻めよう。
 明るい日差しが溢れる庭を眺めながら、ディルクは無意識の内にユニカに触れていた己の指先を擦り合わせる。
 元日から続く行事がようやく落ち着き始めたこの頃。一月も半ばまでが終わった。
 そんな頃になって、エルツェ公爵が「ユニカは一月生まれですよ」と大切な情報を投げて寄越した。
 彼女に求婚している身として、贈り物をしないわけにはいかない。
 招いた宝飾のデザイナーと職人にあれよこれよと注文を付け、いくつかアクセサリーの図面を描かせ終えたのがつい先ほど。
 なんとしても今月中に仕上げて欲しいという王太子の言葉に、職人たちは緊張しつつも張り切って頷いていった。これだけ念を押されるのだから、きっと特別な相手へ贈るものに違いないと考えたのだろう。
 誤りではないので、ディルクは彼らの探るような視線に思わせぶりな笑顔を返してある。
 依頼したアクセサリーに使うのは金とサファイア。青金は王家の色。王族が異性にそれを贈ることは求婚を意味した。
 ひょっとすると王に許可を取らねばならないのかも知れないが、ディルクがユニカに婚姻を申し込むことを許してくれるとも思えない。
 幸いにもまだ王家へ入って日が浅い身。青金の装飾品を勝手に贈ったことを咎められた場合は「知らなかった」の一言で言い訳がききそうだし、贈った相手も王家に属しているのだから、王家の法に反するとも言い切れない。
 むしろ叱られる方が、ユニカを妃にしたいというディルクの意向を王に話すきっかけとなる。それで王を説得するのには、長い時間と手間を要することは間違いないけれど。
「殿下、次のお客様がお見えです」

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