天槍のユニカ



両翼を成す子ら(2)

「ああ、夢見が悪かっただけだ。なんともない」
 ディルクがこれ以上構わないで欲しいと思っていることになど気がつきもしないで、カミルは顔をのぞき込んできた。それを振り払うように寝台を降りるが、侍従はちょろちょろとあとをついてくる。
「よくお休みになれなかったのでしたら、今日は午後からお忙しいことですし、追加で予定に入れた午前の授業は取りやめになさってはいかがでしょうか。二時間だけでもお眠りになれば……」
「なんともないと言っている」
 つい声を荒げてしまえば、衣装部屋まで主を追いかけてきたカミルが息を呑むのが分かった。一緒にいた衣装係の侍女も気まずそうに顔を伏せる。
「……すまない。心配してくれるのはありがたいが、本当にどうということはないんだ。しかしまぁ、休ませてくれるならそうしようか。湯浴みがしたい」
「あ、はい!」
 衣装部屋の扉を閉める直前、ディルクはもう一度振り返って侍従に笑いかけた。カミルが悪いわけではない、と自分に言い聞かせながら。


 いつも通りの気さくな笑顔を見せてくれた主に手でも尻尾でも振りたくなったカミルだが、やはりその顔が蒼白だったことが気になって力なく微笑み返すに留めた。
 それにしても驚いた。落ち着きがあって、どこか飄々としているところもあって、何でもそつなくこなせてしまうように見えるディルクがあんなふうに取り乱して叫ぶことがあるとは。
 そしてなんといってもその名≠ヘ――。
 思考に耽りかけていたカミルだが、主に言いつけられた風呂の用意を思い出し慌てて主室へとって返した。
「商法の授業は中止、代わりにお風呂、代わりにお風呂」
 呪文のように呟くカミルを横目に侍女たちはディルクの朝食の支度を進めている。
 ぼそぼそ唱えられる言葉に気がついたティアナは銀器を並べる手を止めた。
「午前の授業は中止になさるの?」
「うん、代わりにお湯浴みを。ビーガー博士に連絡しなくちゃ。クリスタ、行ってきてくれないか」
 スープを温め直していた侍女は、声を掛けられるなりあからさまに嫌な顔をした。

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