天槍のユニカ



夜の片隅で(12)

 そんなユニカの様子を見てディルクは笑った。何がおかしいのかと彼を睨むが、高いところから向けられる眼差しは労るように優しくて、毒づくことが出来なかった。
 公爵夫人とエリュゼの同行はディルクが断ったのだが、ディディエンは黙って二人の後をついてきた。彼女は一番近い控え室が空いていることを確かめに行って、ユニカたちをその部屋へと案内する。
「ディディ、ユニカに何か飲み物を。酒は駄目だ」
「はい」
 ユニカをソファに座らせながらディルクが命じると、ディディエンはぺこりとお辞儀をして部屋を飛び出ていった。一連の動きはやはりちょろちょろ走るリスを連想させる。
「本当にエリュゼに似ているな。彼女はついこの間まで迎賓館にいたんだが、本当は家督を継いだエリュゼに代わって、王妃さまのお傍に仕えることになっていたそうだ。君の話も姉を通してよく聞いていたらしい。働きぶりはどうかな?」
「リータやフラレイより、よっぽど頼りになっているわ。分からないことがあれば何でも訊いてくるし、一度確認したことは必ず覚えているの。ただ、よく走っては転びそうになっているのは心配……」
 返事をしつつ、ユニカはディディエンが向けてくるきらきらした眼差しの理由が分かった気がした。クレスツェンツやエリュゼから、ユニカについて良いイメージばかりを刷り込まれてきたのだろう。憧れを抱いてさえいたようだ。
 本来仕えるはずだった王妃は死んでしまったが、その形見とも言うべきユニカに仕えることが出来る。ディディエンの胸の中は、そういう喜びに充ち満ちているわけだ。
 期待されることには慣れない。やる気を持って務めに励んでくれているのはありがたいが、そうして自分を捧げてもいいと思える主でいられるわけがないし。
 溜息を漏らすユニカは、ふと隣でソファのクッションが沈むのを感じた。ディルクが隣に腰掛けたのだ。相変わらず気配を殺すのが巧い。ユニカの隙を突くのが巧いと言うべきか。
「夜会に出てくるのは無理なのかなと思った」
 そうして彼は、手套を外しながらおもむろに切り出した。ユニカはうっと息を呑む。
「……出ないでいようと思っていたわ。でも公爵夫人が、私が出るまで夜会を終わらせないように行事官に言ってあると仰るから、仕方なく」
「夫人にはそんな権限は無いよ。夜会の主催者は陛下だ。騙されたな、ユニカ」
「……!」
 驚いてディルクを見つめれば、彼は吹き出しそうになるのを堪えていた。途端にユニカの頬が熱くなる。そうだ、そうかも知れない。思えばヘルミーネは『招待される側の人間』だ。
「ひどいわ……」
 あんなに強気で言い切られたものだから、疑いを抱く余地が無かった。世間知らずなところを利用されたことだけは分かり、唇を噛んで湧き上がってきた怒りを堪える。
「夫人には、ユニカに付き添ってくれるようお願いしてあったんだ。そのせいもあるんだろう。俺も一緒に迎えに行って、きちんと話をすべきだったな。行き届かなくてすまない」
 まったく笑い事ではないのに、ディルクの口許から笑みは消えない。どうしてそんなに機嫌が良いのか知らないが、ユニカの気分と彼の気分が真反対であることは確かだ。

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