天槍のユニカ



夜の片隅で(11)

 なぜ、廟の中にイヤリングを落としたりするのか……答えはすぐに思い浮かんだ。ユニカの放った『天槍』が、ディルクの頬を掠めるほど危ういところを飛んだのだ。ユニカが廟へ逃げ込んだ、あのとき。
「壊れたですって?」
「もしかして、私が――」
 言いかけたものの、振り返ったレオノーレの目に明らかな敵愾心が漲っていることに気づき、結局は口を噤む。なんだろう、触れてはいけないことだったのだろうか。
「いいんだ。いくらでも直せる。それよりレオ、ユニカにちょっかいを出すんじゃない」
「ちょっかい? 違うわ、これはれっきとした王家と大公家の外交よ」
「馬鹿を言え。ユニカを無理矢理引き摺っていくのを見たぞ。だいたい、お前には先に挨拶をしておかなきゃならない相手がたくさんいるはずだろう」
 むう、と唇を尖らせるレオノーレを押しのけ、ディルクが手を差し伸べてくる。すぐにでもその手を取ってしまいたい衝動に駆られ、けれど周囲の視線の多さに躊躇して、ユニカはうつむいた。
「大丈夫か?」
 何度でも言いたい。全然大丈夫ではない。
 言葉にする代わりに、ディルクの足許を見つめたまま小さく首を振る。レオノーレに見られたら、きっと彼女は気を悪くするだろうと思って遠慮した。しかし気遣いは無駄に終わる。
「あたしは何もしていないわ」
 ディルクの陰から様子を窺っていた彼女はそう言い、たまたま目の合ったエリュゼに「ねぇ?」と同意を求めた。エリュゼが苦笑するだけだったので、レオノーレは眉間に皺を寄せる。
「少し外へ出よう、ひどい顔だ」
 硬直し、震えかけていた手からグラスを取り上げられた。包み込むように指先を握られると、自然に腰が浮いた。しっかり歩けるという確信が湧いてくる。
 ヘルミーネとエリュゼも一緒に立ち上がろうとしたが、ディルクはやんわりと微笑んで彼女たちを制止した。
「すぐに戻りますので」
 夫人たちに向けられたその笑みは、間違いなく成り行きを見守る衆人を意識している。



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 廊下に出れば、大広間に立ちこめる人々の熱気が如何にすさまじいかを思い知った。さっき入ってきたばかりだというのに、冷たい空気を肺いっぱいに吸うと久しぶりに息をしたような心地になる。

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