天槍のユニカ



夜の片隅で(13)

「それからレオノーレだが……あれのことも本当にすまない。君には近づけないようにしようと思っていたんだ。今日はあれにも余裕は無いだろうと思って油断していた。いつの間に君を捕まえたのやら……」
「広間へ入るときにお会いしたの。帰ろうと思っていたところだった、って」
「……どうしてあれを正使に選んだのか、大公殿下に訊いてみたいものだな」
 ようやくディルクの笑みが崩れた。その言葉と盛大な溜息から察するに、やはり彼女の振る舞いは公女という枠をいくらも逸脱しているのだろう。
「仲はよろしいようだけど」
「……まあ、悪い奴だとは思っていないよ。好奇心が強くて気分屋なだけだ。ただもう少し、人の気持ちを推し量ることを覚えて欲しい」
 ディルクが渋い顔をして言うので、思わず頷き返してしまう。あっと思ったときには既に遅く、レオノーレの身内である彼にそれを見咎められていた。しかし彼は新たな溜息を漏らしただけだった。
「俺が説明しなければ、レオノーレは君の事情を君自身から聞き出そうとするだけだと思う。だからある程度は、君のことを話しておきたいんだが……いいだろうか?」
 すぐには頷けなかったが、ユニカは苦笑するディルクに同情を覚えた。彼が申し訳なく思う必要などどこにも無いはずなのに。これでユニカが拒めば、彼はますます困るだろうし、公女の攻撃(ユニカにとっては攻撃に他ならなかった)は激しさを増しそうである。
「お任せするわ。でも、私が陛下の傍を離れないことへ拘る理由には、触れないで……」
 後ろめたさに覆われた呟きを聞いた途端、青緑の瞳が針のような鋭さを帯びた。ディルクなら巧く言ってくれたであろうに、釘を刺したのが間違いだったとユニカは悟る。色々なことを蒸し返す話題だ、これは。
「その拘りは、どうしても棄てられないか?」
「棄てないわ」
 強い視線に気圧されながらも、ユニカはきっぱりと言い切った。
「それに、殿下には関わりの無いことだと何度も言っているわ。殿下の方こそ、何故このことに拘るの?」
 一時は邪魔をしない、と言った。ユニカを捕らえるわけでもない。彼の真意は未だ不明のままだ。
 純粋に、疑問なだけだった。しかし尋ねたところ、ディルクは眉根を寄せた。
「さすがに君が陛下の命を狙っているうちは、妃にすることを許してくれないだろう」
「……今朝、お断りしたはずよ」
「そして俺は諦めないと言った」
 確かに、と納得するわけにはいかない。ユニカと王の関係がどんなものであろうと、例え籍ばかりは王家にあり、いずれ公爵家に引き取られる予定であろうと、ユニカの出生の真実は変わらない。そんな娘が、やがては玉座の隣に座ることなど誰が許すというのか。
 ユニカが王城にいるだけで、王の評判に瑕がついていることはよく分かっている。しかし矛盾は承知の上だが、王家の評判そのものを貶めたいわけではないのだ。
 ディルクが、ことあるごとに助けてくれるのは……多分、嬉しい。いや、素直に助かっている。彼の助力や庇護無しに切り抜けられない場面がいくつあったことか。

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