天槍のユニカ



夜の片隅で(10)

 あり得る。なんと言っても相手は公女だ。
 ユニカが王族の女性として認められているならば、この宴の席において最も序列が高いはず。それに次ぐのは、シヴィロ国王の第一の臣下、ウゼロ大公の名代としてやって来たレオノーレということになる。
 公女の相手をしなくてはいけないなんて、聞いていない。
 ユニカは気を紛らわせようと、強くグラスの脚を握りしめた。
 何か言わなくては。黙っていては、まるでレオノーレを無視しているみたいだ。
「そのくらいにしろ、レオ」
 その言葉に、彼女らの周りへさりげなく集まっていた大勢の人々が、また自然さを装って散っていくのが気配で分かった。
 遠ざかる靴音とは反対に、まっすぐこちらへ向かってくる彼の声は苛立っている。それでもユニカは、助けを求めるように顔を上げた。
 慶事の白を基調とした衣装のディルクは、不愉快そうに眉を顰めていた。しかし、淡い金色の髪は火の色を吸ったようにほんのりと赤っぽく輝き、青緑の瞳もオレンジ色の光を映し込んで深い金色になっている。その姿は人々の中から浮かび上がって見えるようで、幻想的な絵のように感じるほど綺麗だ。
 彼はユニカと目が合った途端、一瞬で表情を緩めた。
「ディルク!」
 ユニカが我に返るのとどちらが早いか、レオノーレが甲高く叫ぶ。
 彼女は立ち上がり、羽が生えているかのような軽やかさでディルクに飛びついた。とてもコルセットや重たい衣装に動きを制限されている女性のものとは思えない素早さだ。
 レオノーレの行動も電光石火の早業だったが、ディルクの反応も負けず劣らず早かった。
 首に両腕を回してきた妹を一歩下がって避け、更に躍りかかろうとした彼女の肩を掴んで、遠からずもそれ以上は近づけないという距離を作り出す。
「どうしてよ!」
「やめろ、人前で」
「再会を喜ぼうとしてるだけじゃない! この間は挨拶だけで全然話も出来なかったわ。いつもみたいにぎゅってさせてよ!」
「エイルリヒで遊んでる記憶と混同しているみたいだな。そんな真似を許した覚えなんて無い」
「嘘ばっかり、いつもなら――あら?」
 拒否されてもめげず、なおディルクにしがみつこうとしていたレオノーレだったが、彼女は唐突に大人しくなった。
「イヤリングはどうしたの?」
 呟きながらしげしげと兄の顔を眺め、首を傾げる。
「……片方壊れたから、外したんだ」
 答えるディルクは、半ば突き放すようにレオノーレから離れた。
 苦笑する彼の様子を見て、ユニカははっとする。
 イヤリング。そう言えば、初めて会ったときから彼はそういうものを着けていた気がする。確か緑色の、滴の形をした石の。もしかして今朝、王冠の廟の中で彼が拾っていたのはその石ではないのだろうか。

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