天槍のユニカ



幕間2(4)

 レオノーレは、兄と弟が口を利くところを見たことがなかった。公的な場で顔を合わせても、ディルクとエイルリヒ、双方が互いの姿など目に入っていないかのように振る舞う。ディルクはエイルリヒを避けていたし、エイルリヒは悪意をもってディルクを無視していた。
 だからレオノーレには想像もつかない。一時のこととは言え、エイルリヒがディルクのことを「兄上」と呼んで、兄弟らしく振る舞っていたことなど。
 エイルリヒもその記憶をわざわざ掘り起こして姉に告げたりはせず、次に食べたいと思っていたケーキを急いで確保する。
「そりゃあ話しましたよ。色々と打ち合わせることはありましたから」
「あんまり仲が悪いと怪しまれるわよ?」
「今更じゃありませんか? 少なくとも、国王陛下は僕のことを認めていないようだし」
「なにそれ、どういうこと?」
「自分の妹が産んだ子供ではないからでしょう。別にいいけど」
 エイルリヒが将来、不本意ながらも手を携えていくのはディルクだ。既に五十代も半ばに達した王の治世など、あと十年もすれば終わる。その頃にはエイルリヒも大公位の継承者として公国に欠かせぬ為政者となっているだろうし、“一番上に立つ”ことが苦手なディルクを、公国から操作していく自信はある。
 エイルリヒが“公妃の息子ではない”と言う理由で爪弾きにしようとする王など、恐いものか。
「よくないわよ!」
 しかし、同じく“公妃の娘ではない”レオノーレには納得出来なかった。
「あたしたちは公妃の産んだ子供だと公表されているし、陛下だってそれを承認したわ。なのに『認めない』ってどういうことなの?」
「気持ちの問題はどうしようもないんでしょう。歳をとると人は我が儘になるって言うし」
「駄目よ。どうしようもないで済まされることじゃないわ。陛下のそう言う態度は臣下にも影響するでしょう。軋轢を生まないための嘘なのよ。嘘が嘘だと知られていても、吐き通さなきゃ意味がないじゃない」
 姉にしてはまともなことを言う、そう思いながらも、エイルリヒは温い視線を息巻く彼女に送った。
 大公家側がなにをどう感じようと、約束が破られたわけではないし、何と言っても主君は王家だ。多少の理不尽には堪えねばなるまい。むしろ、小さなことにいちいち大公家が腹を立てていれば、それこそ臣下の態度にも影響する。
 玉座から冷たい視線で眺められ、労いの言葉の一つも貰えなかったどころか嫌味を言われて、エイルリヒも仕返ししたいと当日の内は憤慨していたものだ。けれど翌日には我に返った。小さな棘は握り潰しておくのが一番よいのだ。
 しかし、
「許せない、陛下には謝罪して頂くわ。直接言う」
「え!? ちょっと待って下さい、そんな大事にしないで下さいよ。当の僕が我慢した意味がありません!」
 レオノーレは再びケーキの真上からフォークを振り下ろし、憎いものにとどめを刺すように銀のきらめきを貫通させた。ぐしゃ、と潰れたケーキからジャムとクリームが零れ出てきても構わない。しかもまたもやエイルリヒが狙っていたケーキだ。

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