天槍のユニカ



閉じる嘘の空(13)

 コロネードを歩きながら、ユグフェルトは唐突に口を開いた。
「ツェーザル」
「はい」
「余計な真似をするでない」
 王の傍を離れることなどほとんどない侍従長は、すぐには返事をしなかった。石畳の床を叩く二人の足音だけがひんやりとした空気に響く。
「次は許さぬ。よいな」
「――はい」
 静かな返答があったけれど、とても納得している風には聞こえなかった。
 近衛騎士ヴィクセルに“爪”を渡したのは、十中八九ツェーザルの部下ではなく、彼本人だろう。エスピオナの忠誠心は幼い頃からすり込まれる本能に近いほどのものだ。
 長く王を支えてきたチーゼル外務卿が、王の囲うユニカを糾弾しようとしている。それは、遠回しに彼女を自らの意思で手元に置いている王さえも非難することになっただろう。
 ツェーザルはそれを阻もうとしたのだ。ユニカが公の場で裁かれ、王の権威にわずかでも瑕がつかぬよう、秘密裏に彼女を殺害しようとした。
 ユグフェルトの味方は、皆ユニカの敵だ。
 だからユグフェルトは、彼女と一定の距離を保たねばならない。
「恐れながら、あの娘を――いえ、リーゼリテ殿下をエルツェ公爵にお任せになった後も、お城へ置いておかれる必要は無いのではありませんか? 陛下が血をお求めになっていないことも最早知られてしまいました。今後も対価の血を支払うでしょうか」
「黙れ。余の決めたことに意見するのがそなたの仕事か」
「……いいえ。出過ぎたことを申しました。お許し下さい」
 再び硬い足音だけが二人の後をついてくる。
 誰も、ユニカでさえも、ユグフェルトが彼女を城に置く理由など知らなくてもよいのだ。
 それはただの、彼の弱い心。
 そして愛する妻の今際の際の願い。
 王は得てして孤独になるものだ。しかしユグフェルトが迎えた二人目の妃は、見事に彼を理解し、時には意見を戦わせながら、対等な共同統治者として彼を支えてくれた。
 彼女に見守られながら、自分の治世は終わっていくのだろう。そう思っていたのに、先にこの世を去ったのは彼女だ。早すぎる別れだった。その永訣は間違いなく心に応えた。
 しかし彼女は、二人の子供達を夫のもとに遺していった。彼らがこの後のあなたの世を見守るだろうと言って。
 一人は唯一の王子にして、やがてユグフェルトの治世を引き継ぐはずだったクヴェン。そして彼女が大切な友から預かったというユニカ。ユグフェルトを憎むユニカだ。
 クヴェンは王位の継承者に、ユニカを妻の夢の後継者に。彼女がユニカを養女に迎えたいと言っていた願いを、ユグフェルトは彼女が生きている内に叶えてやることは出来なかった。
 無系の娘を王家に迎えるなどもっての外という思いもあったし、何より歪んだ約束を交わした相手だ。

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