閉じる嘘の空(12)
「分かるはずがないわ」
「分かるよ。君には陛下を憎むこと以外に、生きていくために必要なよりどころが無い。手放すわけには、いかないんだろう」
「だったら、何故余計なことを仰るの」
王がユニカの血を棄てていることなど、知りもしなかった。知りたくもなかった。
王とてユニカには何も告げず、八年前に交わした約束の通り、彼女の血を求めてきた。それを棄てているとは、ユニカには知られたくなかったはずだ。
どんな意図があったのかは知らないが、ディルクは王とユニカのそんな関係に揺さぶりをかけてきた。世継ぎとしての正義ゆえ、とも思えない。
「君を復讐から解放出来れば、と思う」
ディルクの口から語られた言葉は、やはり理解しがたいものだった。
どうして、と問うために口を開きかけ、しかしそれが叶わずユニカは目を瞠る。
掴まれていた腕にぎゅっと痛いほどの力が加わる。次の瞬間には、もう一方の腕が腰に回された。
いつぞやの、まるでいたずらのような一瞬の口づけとは違う。
抱き寄せられ、ディルクの腕の中で身動きがとれなくなったユニカの唇には、はっきりと熱いものが押し当てられている。
一度、髪一筋の隙間を空けて離れた唇がまた重ねられると、ユニカはやっと何が起きているのか理解した。
「んん……っ」
両腕を抱え込まれているので、うまくディルクの身体を押し退けることが出来ない。後退ることも叶わず、ユニカはひたすら息を止めて、彼の唇が離れるのを待つ。
離れてはまたぴたりと合わさるだけの、乱暴ではないが優しくもない口づけを幾度か繰り返し、ようやく互いの息がかかるほどの距離に顔が離れた。
「私が、憎しみの代わりに君の新しいよりどころになるよ」
くらりとするほど甘い声で、ディルクが囁く。
「だから俺のところに来い。優しくしてあげよう」
驚きのあまり、膝から力が抜けていきそうだった。いや、実際に少しふらついたかも知れない。そんなユニカの身体をもう一度抱き寄せ、ディルクは再び唇を重ねてきた。
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温室を出て、ユグフェルトは何気なく空を見上げた。薄雲が太陽を隠している。今日のこの陽気も、夕方までは保たないようだ。
まだ消える気配のない雪が王城を、都を覆っているが、年が明ければあっという間にこの白は溶け始める。王国の全土から貴族が集まり、民衆が集まり、その賑わいが春を呼ぶかのように。
そのための準備に追われる今、王城の中で働く者は誰もが多忙だった。まして数日前には、一歩間違えば謀反へ発展しかねない大事件が起きたところだ。天候には恵まれた冬だったが、いつも以上に城内は浮き足立っている。
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