天槍のユニカ



閉じる嘘の空(11)

「くどい。話がこれだけなら余は行く」
 誰にも引き留める隙を与えず、王は立ち上がった。ざっと上着の裾を捌く音が響いてようやく、ただ目を瞠っていたユニカは我に返った。
「お待ち下さい、陛下!」
 侍従長と共に東屋を降りた彼は、ユニカの呼び声にわずかの反応も示さず、春に近づいた陽気の中を遠ざかっていく。
 その後を追おうとしたユニカの腕を、強い力でディルクが引いた。よろけるほどの乱暴さに驚きつつも、彼女はディルクを振り返って彼の胸を突き放した。
「いったいどういうつもりなの! 私は口を出さないでと言ったし、あなただって『陛下がご自分の命をどう使おうと勝手』だと、そう言ったわ!」
「ああ、だから、私が案じているのは陛下のことじゃない」
 ディルクから逃れて、王の後を追いたかった。そして確かめたかった。王がユニカの血を必要としていなくても、約束は生き続けるのかと。
 それなのに突き放したはずのディルクの膂力は強く、ユニカの腕を放さない。
「君は陛下に復讐するために生きている」
「だったら何だと仰るの? 殿下にどんなご迷惑をかけます? ご心配なさらないで、すべてあなたの知らないところで終わることだわ」
「君は、本当は気づいているんじゃないのか。八年前、陛下は為政者としてより多くの者を救うための判断をしなければならなかった。陛下お一人を恨んでも、君の心が晴れることはないんだと」
「……」
 ユニカは温室を立ち去ろうとする王の背中を視線で追った。
 ディルクに言われなくても、そんなことはユニカも分かっていた。疫病は天からもたらされた厄災。王一人の力では防ぎきれるものではないし、彼が民の平安を願う賢い王だということも、ユニカは既に知っている。
 何より恨みを晴らしたところで、歪み、失われてしまったユニカの幸福な時間が戻ってくることもないのだ。
「それを認めてしまったら、私はここにはいられないわ」
 王に取り憑く魔女と言われようが、そのため排除されそうになろうが、ここにいるためには彼を憎み続けるしかない。
 いつでも迎えに来てやる、と言ってくれるエリーアスがいる。ユニカを必要だと言ってくれるクレスツェンツの同志達がいる。
 けれどエリーアスから大切なものを奪ったユニカは、汚れた手のユニカは、とても彼らの厚意に頼ることなんて出来ない。
 だから王を憎むのだ。
 もう気づいている。彼への憎しみは、養父や故郷を喪った悲しみを埋め合わせるためのものではなくて、ユニカが生きていくための、自分のための憎しみだった。
 対価を支払うのも自分のため。王との約束に守って貰うため、その約束を守るため。
「分かるよ」
 しばらくの沈黙の後、おもむろにディルクが口を開いた。

- 475 -


[しおりをはさむ]