天槍のユニカ



閉じる嘘の空(4)

 ユニカは侍従長の表情を盗み見る。そそろかで上品な雰囲気をまとった彼とは、王以上に顔を合わせる機会があった。彼は王の言葉を一人で届けに来ることがあるし、ユニカがこの温室で王と会うときには必ず同行してくる。騎士よりずっと身近なところで王を警護するエスピオナ。それが侍従長ツェーザルの正体だ。
 彼がユニカのことをどう思っているのかは分からない。ユニカに対して、何かの感情がこもった視線をまったく向けてこないからだった。敵意があるのか容認しているのか、ひとつも読めない相手だ。彼はユニカの前でも事務的な笑みを絶やさなかった。だからこそ不気味な相手だ。
「“爪”の所有者を捜すことはまかりならん」
 呟くように言った王を、ディルクは不満げに睨んだ。
「何故でしょうか。陛下のご命令ではないにも関わらず、ユニカの殺害を企てる者がおります。そして私は、未だエスピオナの組織の全容を把握しておりません。見えない敵に備えるのは難しい。ユニカは今後、エルツェ公爵家から預かる客人として王城に滞在する形となるのです。そのユニカに危害を加えられては、王家の中だけでの話では済みません」
「その娘のために、エスピオナの力を殺ぐ危険は侵せぬ。二度はさせぬ。それで良かろう」
「しかし……」
「もうよい。しまえ」
 テーブルの上の“爪”をツェーザルが静かに回収する。
 彼がそれを懐にしまいこんでしまうのを、ディルクはさして抵抗することなく見ていた。ユニカも無感動に、その禍々しい刃が消えるのを見送る。
 やはり、どこにでもユニカの命を狙う者がいるのだ。チーゼル卿だけではない。彼らの一派を掃討したからといって、公爵家に身を寄せることになるからといって、王の傍にいる限りその可能性は消えない。ならば相手が誰であれ関係ないことだ。
(覚悟していることだもの)
 ふっと諦観に満ちた笑みを浮かべるユニカに気づき、ディルクは更に眉間のしわを深くする。
「では陛下、近衛から出す騎士の人事の件は、私にご一任下さいますね」
「兵の統率はすべてそなたに任せると申したはず。好きにするが良い」
「……ツェーザル、お前も部下の手綱はしっかり握って貰いたい。幸いユニカも快復した。そして陛下のお許しが無い以上お前たちには手出しできない。ただし、二度目はない。彼女は正式に王家の客人になるということを部下たちにもよく伝えておくように」
「御意」
 話はひとつまとまったらしい。不服そうにしながらも、息を吐いたディルクがお茶を飲む。王は本当に話をするためだけに来たようで、ティアナが用意してくれた軽食には見向きもしていない。次の話を促すように、彼はじっと猶子が顔を上げるのを待っている。
 ユニカにとって大切な話、とは何だろう。
 エスピオナの“爪”の件も重要ではあるかも知れないが、王に調査を禁じられ諦めるのだから、ディルクはエスピオナの長であるツェーザルに釘を刺しておきたかっただけだろう。きっと本題は今の話ではない。

- 468 -


[しおりをはさむ]