閉じる嘘の空(5)
けれど彼から切り出される『大切な話』というのも、ユニカには思いつくところがなかった――いや、一つだけある。
思考の底から湧き上がった悪い予感にユニカが顔を上げるのと、ディルクが次の話題を切り出すのは同時だった。
「陛下は、何故ユニカの血をご所望なのですか」
「……殿下」
「どこかお身体の加減が悪く、それ故に癒やしの力があるというユニカの血を望まれるのですか?」
「やめて、殿下は口を出さないと言ったはずよ」
悪い予感というのはどうしてこうも当たるものなのか。ユニカは動揺を隠しもせずに声を荒げていた。
世がディルクに譲られたあとで果たされる約束なら。彼はそう言って、王とユニカの取引を容認する素振りすら見せていたはずだ。けれどその時の笑みに、ユニカは引っかかるところがあった。それはほんの小さな違和感と疑い。彼が納得しているはずがないという。
思った通り、ディルクにはユニカを捕らえるつもりこそ無いようだが、二人の約束を許してくれるわけではなかったのだ。だからこうして王に問い質そうとしている。そうに違いない。
「そなたが口を挟む事ではない」
次の瞬間、熱くなっていたユニカの声に続き、一瞬でその場の空気を凍らせる静かな声が響く。王はディルクに約束を知られているとは思っていまい。ただ王太子がタブーに触れてきた、そのことを咎める冷ややかな声音。
しかしディルクは怖じ気づいた様子も無く、正面から王を見つめ返した。
「陛下には、本当にユニカの血が必要なのですか?」
王は答えない。沈黙のあと、
「ユニカの血は、棄てていらっしゃるのではありませんか?」
ディルクは更に問うた。
**********
王がユニカのもとを訪ねてきたのは、クレスツェンツが城下の施療院からまだ戻らない、昼間のことだった。
王城に入って以降、数度だけ対面した王は今日も顔色が優れない。肌の色がくすみ、目許には濃い隈が出来ている。死人のような顔だ、とユニカは思った。
「陛下、なりません。こちらには、王妃さまにご相談無くいらっしゃらないとお決めに――」
「ここは余の城であるぞ」
彼が部屋へ侵入するのを阻もうとしていた侍女は、王のその一言で引き下がらざるを得なかった。
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