天槍のユニカ



軋む梯の上で(4)

「子供じゃあるまいし……。仕方が無い。エリュゼ、一度手本を見せなさい」
「えっ、は……?」
 まったく椅子から動こうとしないユニカを眺め、呆れた力のない笑みを浮かべていたエリュゼは完璧に不意を突かれたようだった。ダンスなど他人事だと思っていたのだろう。彼女は明らかに狼狽え、一歩壁際に後退る。
「わたくしではお手本になりませんわ……」
「まったく踊ったことのないユニカよりはましなはずだよ。さあマリアンも前へ出る。エリュゼは普通の娘だ、怖がることはない」
 オドオドと手を取り合う二人を横目にしながら、ユニカは内心ふんと鼻を鳴らして毒づいた。
 エリュゼが“普通の”娘なら、やはりユニカは“普通ではない”娘なのだ。その普通でない娘が怖いのなら、公爵夫人の頼みだかなんだか知らないが、無理に引き受けてここへ来たりしなければよいのにと思う。あのマリアンという青年が西の宮へ来てしまったばっかりに、ユニカはするつもりもないダンスの練習など強要されている。
 西の宮へ戻って数日。あといくつかの家具は年が明けてから更に届くそうだが、引っ越しは落ち着き、今度は別の忙しさがユニカを襲っていた。
 まず新年の式典に出席するための――といってもユニカは王族席の末に座るだけだ――衣装をたくさん新調した。一月は新年を祝う行事がいくつも続く。同じ衣装を着て出てはいけないらしい。
 クレスツェンツが拵えエリュゼが預かっていたという夜会用のドレスもわんさか湧いてきて、それらも細かな寸法の調整をしたので、四日は着せ替え人形の状態だった。
 それが終わったかと思えば、今度は式典や宴席での基本の所作を教え込まれた。これにもエルツェ公爵夫人が選んだという教師が派遣されてきた。
 今日の場合と違うのは、所作の教師は年嵩の女性で、実物の『天槍の娘』を見て多少驚きはしたものの、ユニカがただの小娘にすぎないと見なすや否や、なかなか容赦なく立ち居振る舞いの矯正に乗り出してきたことだった。
 今日も午後から来るらしい。すこぶる憂鬱である。
 そして次は、踊りの練習だ。
 踊りといえば、ユニカの中では大霊祭などで踊り子たちが扇とストールを振ってひらひら踊る、いわゆる舞のことだった。
 ユニカ自身も時々踊る。身体を動かさなくてはいけない、と言って、クレスツェンツが教えてくれた。彼女が弾くクラヴィアや手拍子に合わせて舞うのは大好きだった。
 何故その練習を? と思いながら広間に来てみると、ユニカは自分がすっかり勘違いしていたことを知った。いや、このところ毎日顔を見せる公爵とエリュゼが、態と紛らわしい言い回しをしてユニカを広間に連れて来たのだ。
 たくさんのお針子が部屋に入ってくるのも、所作の教師に細かく姿勢を正されるのも嫌でたまらない。しかしそれは、王家に借りを返すために最低限我慢しなくてはならないことと自分に言い聞かせて、なんとか堪えた。
 しかし今度は見知らぬ貴族の男の手を取って踊りを教われという。冗談ではない。今日こそは断固拒否である。

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