天槍のユニカ



軋む梯の上で(5)

 ユニカは王族席に座るだけでいいという話だったはずだ。ダンスなど必要ない。エリュゼが手本を見せたって無駄だ。
 しかし本人が言ったとおり、とても二人のダンスは手本にならなかった。エリュゼは半ばパニックになりながら、よたよたと走り回っているように見える。教師の青年もカバーしようがなさそうだ。
 見かねた公爵はけたたましく諸手を打って、二人の動きを止めた。
「エリュゼ、君まで私に恥をかかせる気かい?」
「も、申し訳ありません……」
「ユニカよりも君の方が緊急にダンスの特訓をした方が良さそうだね。こんなんじゃ婿など見つけられない」
「……公、そのお話ですが」
「問答無用。ユニカを踊りに誘う物好きな男などいるか分からないが、間違いなく君は誘われる。笑おうとつんけんしようと誤魔化せるものではない。マリアン、先にエリュゼだ。基礎は知っているから、一時間で形にするように」
 はい、と答えた青年の声音には、わずかながら安堵が滲んでいる。ユニカへの授業を先送りに出来たせいだろう。
 このままエリュゼの特訓が長引いて時間がきてしまえばいい、と思ったユニカだったが、これが終わって昼食を食べたら、次はまた所作の授業だ。ダンスだって、ユニカが踊れるようになるまで授業は続くに違いない。
 どうにかして抜けられないかと思ったが、良い方法は思いつかなかった。エルツェ公爵、そして公爵夫人は、ユニカが外へ出たがらないのを逆手にとって逃げられないようにしているのだ。間違いない。
 これはおかしい。王は、ユニカに城内での自由を許しているはずだ。ゆっくり部屋で過ごしたり、図書館や温室へ出かける自由である。エルツェ公爵は王が保証したユニカの自由を侵している。
 そう抗議しようかとも思ったが、エリュゼがステップを習う姿を見つめている男の真剣さに、ユニカは怖じ気付いた。
 飄々とした口調だったが、公爵はエリュゼのダンスの不出来さには本当に腹を立てて危機感を持っているらしい。社交が政治的権力を築く社会の頂点にいる――誰より狡賢く強かな貴族の顔だ。
 同じ一族であり、爵位を持ちながら未婚のエリュゼのことも、曲がりなりにも王家の名を与えられ、自分の手の内に転がり落ちてくるユニカのことも、最大限に利用するつもりだということを、公爵は二人には隠していない。少なくとも態度では。
 クヴェン王子が亡くなってからいったん政界を退いているらしいが、彼が再び舞台へ上がるために隠し持っている手駒を、今は養成中というところだそうだ。
 清々しいほど分かりやすいだけに、それを拒否すればどうなるか自分の頭で考えてみろ、と時々言われている気がした。
 何度めになるか知れないが、やはりエルツェ公爵に引き取られるのは嫌だ、とユニカは思う。
 もう表へ出る覚悟を決めねばならないのは分かっているが、よりによってこんな天敵とも言える男が次の親だなんて。

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