天槍のユニカ



軋む梯の上で(3)

「殿下は、どのような答えをお望みですかな?」
 その一瞬の気の高ぶりを見逃さなかったチーゼル卿は、意地悪く歪んだ笑みを口許にのせた。
「魔女の命と引き替えならば、私はすべての真実を明かすでしょう。王家の御為にも」
「……私が欲しい答えであるか分からないのに、ユニカを差し出すことは出来ないな」
「なれば……」
 ふ、と嘲笑を漏らしたチーゼル卿は、静かに瞑目した。そのまま眠るように黙ってしまう。彼はこうなると、一切の尋問に答えないそうだ。
「卿に知恵を貸したのは、アメリジア・ブリュック前侯爵か」
 聞いているとおり、チーゼル卿は質問に答えようとはしなかった。身せせりひとつせず、ディルクの問いに動揺した様子は微塵もない。
(外れか……)
 しばらく黙したままチーゼル卿の反応を待ってみたが、彼はやはり何も言わない。ディルクは諦め、席を立った。



**********

「どうして私がこんなことをしなくちゃいけないの」
 背中に嫌な汗を滲ませながら、ユニカはきっぱりと拒否を伝えたつもりだった。しかしエルツェ公爵は素直に質問と受け取ったようで、腕を組みながら尊大に断言する。
「行事に舞踏会はつきものだからだよ」
「私は踊らないわ」
「それは君が決めることじゃない」
「だったら式典にも出ません」
「それも君が決めることじゃない。いいかね、王家のお名前で君の存在は表に出る。表に出るからには挨拶をしなくてはいけない」
「踊る必要なんてないはずだわ」
「ダンスは社交の基本ツールだよ。まさか君に申し込んでくる物好きな男もいるとは思えないが、いざ申し込まれた時、踊れないなんて言わせるわけにはいかないのだ。さあ立ちたまえ。マリアンの手を取るんだ」
 ぐぐ、と唇を噛み締め、ユニカはダンスの教師として連れてこられた青年を睨み付けた。
 公爵夫人が選んだどこぞの家の子弟だという。エリーアスと同じ、三十半ばほどの年頃だろうか。物腰柔らかな雰囲気はよく伝わってくるが、知らない男に変わりはなかった。突然彼の手を握れと言われても、人見知りの激しいユニカが易々と出来るはずもなく。
 ユニカに睨め付けられると、彼も動揺を隠しきれずに息を呑んだ。間違いなく、彼は様々な噂を聞いてユニカを恐れている。お互い、平和的に手を取り合ってステップを踏むのはきっと困難だ。
 彼が先に出て行ってくれることを期待して、ユニカはぷいと顔を背けた。

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