天槍のユニカ



軋む梯の上で(2)

 カミルは生きているばかりか、現在も世継ぎの侍従としてディルクに仕えている。ぽやぽやした最低水準のあの侍官に責任を問うのが馬鹿らしかったのもあるだろうし、カミルに責任を取らせることで、一族の名に瑕がつくことを嫌った王家の家令が動いたためでもあるだろう。
 どのみちカミルにとっても主であったクヴェン王子の死は突然で、手討ちにするまでもなく素晴らしい勢いで殉死しようとしていたそうだから、あまり疑う必要もなさそうだ。
 真相に辿り着く術は無い。無いのだが、目の前に一つだけ転がっている手がかりを無視することは出来なかった。
 それを追っても、糸が途中で切れいているのは知っている。ただ、“もしかしたら”という可能性を棄てきれないだけだ。
 エルメンヒルデ城の一角。外郭でも上層にある館の一つに、チーゼル元外務卿は拘束されていた。彼以外の一族の人間はチーゼル公爵家の屋敷に留め、兵を置いて外界との接触を一切断たせている。当主への処分が決定するまで、両者の軟禁状態は継続されるだろう。
 ディルクはその日の夕刻、チーゼル卿を訪ねた。
「ヒュメル・ヴェロニカを用いたシナリオを作ったのは卿か?」
 二人の間のテーブルに、乾ききったハーブがちょこんと置かれている。青色の小さな花をつけるそのハーブは、ユニカの部屋に持ち込まれ、クヴェン王子暗殺の証拠品として使われたものだ。
「存じませんな」
「ユニカの故郷が、ヒュメル・ヴェロニカの自生域であるビーレ領邦だということを含めての筋書きだろう」
「そのハーブは、公子様があの魔女に贈った花束の中にたまたま入っていた。そうでしょう、王太子殿下」
「あれは卿らの嘘を曝くための、こちらの嘘だ」
 書記官に記録の手を止めさせ、ディルクは頬杖をついてチーゼル卿を見つめた。
「犯人はさておき、このハーブによってクヴェン殿下が暗殺されたという話が真実なのかどうかを、今調べている。しかしもう遅い。当時、王子の馬を世話していた馬丁は処断されこの世にいない。確かめようがない。ただ卿の告発の内容は唐突だが見過ごせないものだ。犯人がユニカでないにしても、もしかしたら、そのシナリオを作り実行した者が本当にいるのかも知れない。何か知っている者がいるとすれば、それはチーゼル卿、貴方だけだ」
 クヴェン王子がハーブによって暗殺されたという話は、ユニカを陥れるためのまったくの作り話なのか。或いはチーゼル卿が独自に調査した結果、クヴェン王子が暗殺された可能性に辿り着いたのか。または、“誰か”から助言とハーブを得て、ユニカの排除にそのシナリオを使ったのか。
 チーゼル卿に知恵を与えた“誰か”がいるのだとしたら、それが次の手がかりである。
 きっと途中で糸は切れている。ディルクに緒を掴ませるはずがないのだから。しかし、一手に彼女を堕とすことも、出来るかも知れない。
 無駄だという思いと、わずかな期待が胸の奥で渦巻いた。

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