天槍のユニカ



『娘』の真偽(4)

「あ、あの、」
 すっかり怯えきったフラレイは、エイルリヒに軽く肩を叩かれた途端にぼろぼろと涙をこぼし始める。
「泣かないで、大丈夫。事情が分かればいくらでも黙っておいてあげますし、なかったことにもできます。兄上が全部いいように処理してくれますから」
「でも、西の宮へ人を入れてはいけないというのも、陛下がお決めになったことで……」
 脅しは利いたはずだがなかなかしぶとい。いや、この娘は自分で判断する力を持たないのだ。そう気がついたエイルリヒは内心舌打ちしながらティアナにちらりと視線を送った。もう一押しを任せるつもりで。
「いい加減になさい! このままでは、殿下にも陛下にもご迷惑がかかります! お城に仕える女官ならどうするのが一番王家のためになるのか、時には掟を超えたところまで考えるものですよ!」
 とりあえず大きな声を出しただけなので我ながら訳の分からないことを言ったなとティアナは思ったが、フラレイは首を竦めながら涙目で頷いた。

     * * *

 ディルクは侍女達の後ろをついて歩きながら周りの風景を覚え込んでいた。
 ユニカが暮らしているとはいえ、西の宮は閑散としていて目印になるような装飾品などがない。苦労しながらの道を記憶する。
 いささか腕が疲れてきたので、ディルクは立ち止まってユニカを抱え直した。
 揺り動かされても彼女は呻き声一つ立てない。ディルクの衣服にまで染みてきた血はとうに冷え切っている。
「エイルリヒ、息をしているか確かめてくれ」
「ええー……」
「手をかざしてみるだけだろう」
 ユニカの落とした本と襲撃犯が棄てていった短剣だけを抱え身軽に歩いていたエイルリヒは、渋々ユニカの鼻先に手を伸ばす。そのまま少し考え込むように唸ったあと、
「虫の息ですね」
 簡潔にそう述べると、二人からさっと離れた。血がつくのが嫌らしい。
「生きてはいるか」
 振り返れば、ディルクが歩いてきたあとにはユニカのドレスからしたたり落ちた血が点々と落ちている。腕と袖の中でぬめる血糊の感触といい、おびただしい出血量の実感があるディルクはユニカを見下ろしながらふと笑った。

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