天槍のユニカ



繋いだ虚ろの手(3)

「おっしゃるとおりです。ぬるい生活をしている。騎士もばかになるはずだ」
 思いもかけない言葉と冷笑が返ってきたので、エリーアスは驚きながらディルクの横顔を盗み見た。
 彼はテーブルの上に散らばっていたカードを一山にして片付け、エリーアスに席を勧めてくる。そして散らかった談話室を見回してうんざりと肩を落とし、いくつかクッションを拾い上げて椅子の上に戻したあと、エリーアスの向かいの席に座った。
「近衛隊長は厳しい男だと言われていますが、現状はこうです。彼は部下が可愛く、うまく叱れないのでしょう。監督者が顔を顰めているだけでは下の者は見えないところで必ず楽をする」
 王太子は軍をまとめる役職に就いたという公式発表を聞いていたが、彼は部下に対して冷徹な目を向けているようだ。公国から世継ぎとして求められてやって来たからどんなにか思い上がっているだろうと考えていたので、少しだけ感心した。
 しかし、近衛がだらけている≠フも無理はない。シヴィロ王国は北に接する国と不可侵条約を結び、南接する国とは微妙な緊張を抱えながらも国王が絶妙な外交手腕をもって戦を防いでいる。
 そのためここしばらくしばらく近衛隊に戦の経験はなく、王城や、外へ出たとしてもせいぜい都の中や天領で過ごす王の周辺を守るのみ。いくら位の高い部隊であるといっても、実戦を知らない若い兵士が多いだろう。
 だからああして本来の任務ではない企てに荷担する者がいる。
「さっき牢の中で自害したあいつ、どうなったんだ?」
「どうにもなりません、死んだのですから。彼がユニカを殺害しようとした理由も最早推測できるのみです。ところで伝師殿は、ビーレ領邦のお生まれか?」
「なぜそんなことを訊く」
「あの騎士はヴィクセル・ダウムといいます。近衛隊長に確認したところ、彼はビーレ領邦のティブラツェという街の出身だそうです。ダウムという家名をご存じありませんか?」
「さぁな。あの男の出身がユニカを殺そうする理由とどう関係するんだよ」
「もう一人、あなた方に襲いかかろうとしていた騎士がいましたね。あの者にも共通することとして、ともにビーレ領邦の生まれ。そして八年前の疫病の折、どちらも肉親を亡くしているようです。つまり――」
 ディルクが何か続けようとするのを遮り、エリーアスは椅子を蹴倒して立ち上がった。
「疫病のことでユニカを恨んでるとでも言いたいのか!? そんな話があるか! 病が拡大したのはあの子のせいじゃない。都に逃げ込んで何も見ない振りをした、貴族や王家のせいだろう!!」

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