天槍のユニカ



繋いだ虚ろの手(2)

 王城へ会いに行けばもちろん喜んでくれるし、手紙の返信もユニカはいつも早い。
 けれどずっと続けてきた交流の中でも、あの恐ろしい夏についてユニカは語ろうとしなかった。
 エリーアスがブレイ村を離れている間のこと――つまり村が滅んだ日のことさえも、彼はユニカから聞いていなかった。だから、あの日村で何があったのか知ることが出来ないままだ。
 従兄であり親友であり、実の兄弟よりも仲がよかったアヒム。よくしてくれた村の人々。そして、アヒムの幼馴染みのキルル。
 彼らがどんなふうに最期の日を迎えたのか。
 知らない。ユニカに訊くことも、怖くて出来ない。
 廊下の壁にもたれかかり宙を見つめていたエリーアスは、近づく足音に気づいて姿勢を正した。やって来たのは近衛隊長の報告を受けるために席を外していたディルクだ。
 何を考えているのかまるで読み取れない奴だ、と思いながら、エリーアスは前を通り過ぎる王太子をじろりと睨んだ。相手も少しばかり冷たい視線をエリーアスに向ける。
「待て、入るな」
 無言の攻防は唐突に途切れる。ユニカが休む部屋の扉に手をかけたディルクを、エリーアスは強く制止した。
「なぜ外にいらっしゃるのです?」
「ユニカが吐き始めたんだ。人に見られたい格好じゃないだろ」
「なるほど、それでエリュゼに追い出されたのですか。ご養父のお従弟といえど」
 何を考えているか分からない奴だが、気が合わないのは確かだ。嫌みたらしいディルクの台詞にエリーアスは眉間を絞った。
「廊下で立ち話も寒い。しばらく別の部屋へ移りましょうか」
 王族と話すことなどない、と突っぱねかけたエリーアスだが、結局口を閉じた。
 不安定な立場ながらも、ユニカの暮らしは平穏を保っていた。それがなぜこんなことになっているのか問い糾してやる。そう考え、もと来た道を戻るディルクに大人しくついていく。
 案内されたのは兵舎の談話室だった。無人だが暖炉には火が入っていた。見るからに質のよい家具、長椅子やクッションを覆う美しい布、足許には毛の長い絨毯。
「兵士がいい暮らしぶりじゃないか」
 近衛は貴族出身者が多いということが一目で分かる部屋だ。エリーアスは半ば呆れてそう言った。

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