喪失と代償(3)
「いってぇ……!」
ルウェルは頭を押さえてのたうち回るが、その声にはまるで緊張感がない。
「ま、お互い様だけど」
やがて顔を上げたルウェルは、短剣についた血を袖で拭いながら立ち上がった。
「悪いけどローディ、死なない程度に痛めつけさせて貰うぜ。時間もないから早めに終わらせねーとな」
何かが吹っ切れたようにルウェルは愉しげだ。一方、時間さえ稼げば良いローデリヒからも滲むような笑みは消えない。
そう、時間さえ稼げば。
ヴィクセルがあの魔女を殺す。
ローデリヒと同じほどに魔女を憎む彼になら、あの女にとどめを刺す役を譲ってもよかった。亡骸さえ一目見ることが出来れば、それで。
「時間がないのは私も同じです。今少しの間、ここを通すわけにはいきません」
斬られた脇腹の傷を押さえる右手には、やはり力が入らない。
これは近衛騎士であることへの誇りを一瞬でも忘れ、復讐の誘惑に流されてしまった代償。
もう、この道を歩くしかない。剣を握る力が残っている限り。
しかし、敵の援軍の到着は彼らの予想よりずっと早かった。
* * *
膝を抱えて座り、ユニカはじっと石の壁を見つめていた。牢の中の空気は肌を刺すように冷たく感じる。けれどそれを不満に思う余裕もなかった。
また期待してしまっていた、とユニカは気づいた。
王太子は今朝の手紙に何も書いていなかったから、復讐のために生きるユニカに「それでもいい」と言ってくれるのかと、少しだけ、期待を。
結局、ユニカは理解が欲しかったのだ。
ユニカがなくしてきたものの重さ、与えられた運命の重さ。
その重みが招く彼女の孤独。
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