天槍のユニカ



喪失と代償(2)

「私がルウェル殿の相部屋を命じられたのは、寝坊魔のあなたの世話を任されたからではなく、殿下が私を監視するためだったのですね。いつから勘付かれていたのやら……あまり殿下にはお会いしないようにしていたのですが」
「毎朝起こしてくれてありがとな。何やったのか知らねーけど、ディルクに目ぇつけられると大変だぞ? 謝って言うこときいとけよ。俺もローディと喧嘩すんのはヤだし」
 気の抜けた説得も虚しく、ルウェルの前には再び刃が迫った。彼もほぼ同時にローデリヒの胸をめがけて突きを繰り出す。
 どちらが先に届くか――その一瞬の勝負かと思われたが、ローデリヒの剣先はわずかに持ち上がった。そのままルウェルの剣に巻き付くように彼の左腕がしなる。
「ち――!」
 捨て身で半歩深く間合いへ踏み込んできたローデリヒから逃れるため、ルウェルは潔く柄を放した。絡め取られた剣は空中へと放り投げられ、真上から振り下ろされる斬撃は短剣で受け止める。
 ローデリヒの太刀筋には迷いがなかった。ルウェルが手加減すれば決着はなかなかつくまい。
(殺していいもんかな)
 武器を一つ失ったことには少しの不利も感じないが、ルウェルは「トカゲを捕まえろ」というディルクの言葉を覚えていたのでとても困った。
 ディルクは機を見てローデリヒを捕らえるつもりだったのだ。そんな彼を殺すのはまずい。しかし、もたもたしている内にユニカが殺されようものならきっとものすごく怒られる。
 ローデリヒは左腕一本でルウェルと競り合うような真似はしなかった。防がれた剣を翻し、再び真正面からルウェルの喉を狙う。
 小さな的への躊躇ない突き。
 反撃を迷う余裕はない。ここにはいないディルクにそう言いわけしてルウェルはにやりと笑った。
 上半身を捻って鋭い攻撃を避けると、彼は短剣を逆手に持ち直しローデリヒの左脇へと潜り込んだ。そこには攻撃直後の大きな隙がある。
 しかしそれはローデリヒとて承知のこと。すぐに左腕が振り下ろされ、剣の柄がルウェルの側頭部を強打する。
 ごろごろと転がって距離をとるルウェルを睨み、ローデリヒは舌打ちしながら脇腹を押さえた。

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