喪失と代償(4)
崖に向かって歩くように復讐に走ることしか出来ない寂しさを、誰かに分かって欲しかった。
疎まれてもいい、憎まれてもいい。王への復讐を果たすため、私は傲慢に振るまいここにいるだけ。
そんなのは嘘だ。
本当は貴族たちの敵意が怖い。
ユニカの『天槍』によって家族を奪われた者達の憎しみが怖い。
誰かに寄り添って守って欲しいと思っている。
『手当が先かな』
ユニカの傷を見て、そんなふうに言ってくれる人がまた現れた。しかしそれは一夜だけの幻想だったらしい。
「多分、ディルクもすぐ助けに来てくれると思うし」
鉄格子の向こうからルウェルがそう言ってきた。ユニカは心の中でそれを笑い飛ばす。
彼がここへ来るはずがない。ユニカを捕らえたのは、きっとその彼なのだから。
王太子は王家の人間だ。そして王と国を守る剣を束ねる存在である。王を殺すと言ったユニカを放っておくのがおかしいのだ。
(それなら、せめて自分で捕らえに来てくれればよかったのに……)
処刑されても仕方ないという諦めはある。
でも、彼に対して一度もきちんとしたお礼が出来ていないことは不思議と心の隅に引っかかっていた。
昨晩も突き放してしまった。どうせ最期なら、もう一度顔を見てありがとうと一言伝えておきたいと少しだけ思った。
ルウェルが鉄格子の前を去ったので、ユニカはようやく堪えていた溜め息をついた。
一人になれたと実感した途端、目の奥が熱くなってくる。
泣いてはいけない。きっとすぐにルウェルは戻ってくるだろうし、監禁場所を移すとでも言われたらまた大勢の兵士に顔を見られることになる。
滲みかけていた涙を拭うと、ユニカは更に縮こまって額を膝頭に押しつけた。
そうして周りの空気と同じように、自分の意識も冷たい沈黙の中に沈めようとした時、どこからか激しい剣戟の音が聞こえた。それは二度、三度と石造りの牢に反響する。
いや、反響だけではない。何度か刃が交わっているようだ。
その不穏な音に思わず顔を上げて通路を振り返った。人の声も響いてくる。何を言っているのかは聞き取れない。
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