天槍のユニカ



見えない流星(16)

「この国の近衛は甘い。君主を守る盾であり剣である近衛兵がこんなばかな真似をするなど、公国では考えられなかった」
 そして、ぼそりと呟かれた王太子の言葉は、直前に放った不気味な言葉の説明ではなかった。
 しかし、近衛をまとめる立場にあった二人はわずかに身せせりして反応した。言わずもがな、ディルクの言葉は彼らの神経を逆撫でするものだった。
「膿をすべて出し、排除したい。そのためには近衛の兵、特に騎士が自ら動いて貰いたいと思っている。君を処罰しないのは、正直、外務副大臣である君のお父上を敵に回したくないからだが……どうだろう、ライナ。君やラヒアックの経歴に傷がつかないよう特別な配慮をしてやりたいと思うんだが、対価は支払ってくれるだろうか?」
 ぱたん、と、宝飾品を収めた箱を閉じる音が場違いなほど軽やかに響く。ディルクはその箱を脇へよけ、微笑みながら少年騎士を見上げた。
 ライナはしばらく呆然としていたが、やがて唾を呑み、恐る恐る頷く。
「そうか、解ってくれてありがとう。難しいことは言わない。私とラヒアックに少し協力して欲しいだけだ。本当はルウェルに任せていたんだが、あれは宮に置いてきたから代わりが必要だったところでね」
 昨夕、ライナを下がらせたあとで決めた作戦を告げると、彼は再び真っ青になった。



 ライナ隊の兵がユニカのアクセサリーを盗んでいたことなど、今は毛の先ほどの問題でもない。
 それより気になるのは、ライナが遂行した命令の、つまりユニカが調べられた理由だ。
 命令書はやはり見つかっていないが、ライナからの聞き取りでその内容は分かった。
 ユニカを陥れるための安い策。昨夕にはそう思ったが、夜の内に事情が変わった。
『私は間違いなく王家に仇をなす者』
 彼女の言葉を思い出し、またぼんやりと考え込んでしまっていた。紙に押しつけたままのペン先から黒いシミが広がっていることに気づいて、ディルクは溜め息を吐き、書き損じた文字を掻き消す。
 ユニカの言葉が本当で、またユニカにかけられた疑いも真実であれば、仕方がない。生きた彼女を手許に置くことは無理だろう。

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