天槍のユニカ



見えない流星(13)

「十年」
「しまった、これは誰にも言わないでくれ」
「ご心配なさらなくて結構です。私はその十年を待っているだけ、誰にも吹聴するつもりはありませんわ。殿下が国をお継ぎになった時には、もう私はこの城におりませんし」
「どういう意味だ? 待っているとは、何を?」
「質問ばかりなさいますね」
 鬱陶しげに吐き捨て、ユニカはカップのお茶を一気に干した。そして黒檀の箱を抱え、話はこれまでと言うように立ち上がる。
「そうだな。だが、これで分かるだろう? 私は確かに『天槍の娘』のことを色々と知っている。けれど君自身のことについては、まだ知らないことがたくさんあるんだ」
 ユニカを引き留めようとディルクが彼女の指先を遠慮がちに握っていた。
 ユニカはその手を払って、思い出の詰まった箱を両腕で抱きしめた。熱心なディルクの視線が心の隙に忍び込んでくるような気がしたからだ。
 思い出を盾に、ユニカは不思議な色の眼差しから目をそらした。
「『天槍の娘』は『私』です。おかしなことをおっしゃっているわ」
 どこか悲しげな目で、ディルクは縋るように見つめてきた。
 どうしてそんな顔をするのだろう。わけが分からなくていらいらする。
 お礼を言おうと思っていたのに。こんなことを言うつもりではなかったのに。
 ユニカは唇を噛みしめる。
「陛下とは、玉座を退く時にお命をいただく約束をしているのです。その日まで、血と引き替えにそばで待たせて貰っているの。私は間違いなく王家に仇をなす者――だから、軽々しく関わろうとなさらないでください」


* * *

 
 王の居室へ戻ったツェーザルは、医女から受け取った血の杯をユグフェルトの前に差し出した。
 彼はいつものごとく無言でそれを受け取り、書きものをやめて立ち上がる。
 背後にあった窓へ向き直り、寒さを防ぐための分厚いカーテンを引いて、硝子も凍りつく窓を開けた。

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