天槍のユニカ



見えない流星(12)

「……美しくてよい名だと思うよ。君によく似合っている」
 渡されたカップの水面を見つめながら、ユニカはふっと笑った。ディルクの言葉が嬉しかったのか、自嘲したのかは分からなかったが、ディルクは初めてユニカの本心を聞いた気がした。
「ユニカ」
 何気なく、彼女の名が口をついて出る。
 呼びかけたつもりはなかったのだが、当然ユニカはディルクを見つめ返してきた。
 愛をこめて名を呼んでくれた人々がいても、やはり過去を思い出すのは辛いことなのだろう。青い瞳は涙をまとって、暖炉の明かりを弾くように潤んでいた。
 いつもなら相手の心をくすぐる台詞をすぐに思いつくはずのディルクだったが、深い闇の色を湛えた眼に思考を封じられる。
 一瞬戸惑い、言葉に迷った挙げ句、ディルクはユニカから視線をそらすことしか出来なかった。
「陛下とした約束≠ニいうのは?」
 代わりに口をついて出たのは核心とも言うべき問いだった。ほころびかけていたユニカの表情が、またもとのように引き攣る。
「気に障る話題ばかりで悪いな。だが、私も知っておかねばならない。もし陛下のご体調が悪いために君の力を求めているのだとしたら主治医たちと協議しなくてはならないし、治療によって君が血を流す必要もなくなるかも知れないだろう」
「陛下の今のご体調など私が知っているはずがないでしょう。でも、どこかお加減が悪いのかも知れませんね」
「だとしたらおかしい。君の血に他者の命を救う力があるのは本当のようだ。ならば陛下のご不例はなぜ癒えない?」
「さぁ。私の血も万能ではないようです。……王妃様は亡くなってしまったわ」
「王妃様? クレスツェンツ様にも、血を?」
 ユニカは肯定しなかったが、否定もせずにハーブティーを啜る。
 これは「肯定」の反応だなと思いながら、ディルクも彼女に倣ってお茶を飲んだ。
「陛下のご体調も悪いとしたら、それも癒えていないということか……。エイルリヒは確かに助かったのに。まさか、譲位の話をなさるのはそのせいなのか……?」
 ディルクの独り言を聞き、ユニカはひくりと肩を振るわせた。
「譲位?」
「ああ、十年内にはなどとおっしゃって――」

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