天槍のユニカ



見えない流星(11)

 当人にそう言われるとディルクは押さえていた医女の手を放すしかない。火酒で清められたユニカの肌に、銀色の針が刺さるのを苦々しい顔で見守る。
 血を採り終えた医女が立ち上がると、再びユニカの前にはツェーザルが立った。
「本日は、近衛隊の中で出どころの分からない命令が遂行されてしまったこと、陛下は大変遺憾なこととお考えです。ユニカ様にはご不快な思いをなされましたでしょう。代わってお詫びいたします」
 ツェーザルは誰に代わって詫びているのかはっきりと言わなかったが、ディルクは不快に思いながら王の側近を睨んだ。
「この件は近衛長官である王太子殿下に調査が一任されました。つまり、何者が西の宮への捜査を命じたのかまだ分かっておりませんので、ことの次第が明らかになるまで、ユニカ様は西の宮にお戻りにならぬようにとの陛下からのご命令です」
「心配しすぎではないかしら」
「ご命令です」
 気に障るほど柔らかい口調と表情で、ツェーザルは反論を許さなかった。ユニカもそれ以上は言い返さない。
「殿下には、一刻も早い本件の解決を期待します」
「分かっている」
「頼もしい限りです。それではお二人とも、お休みなさいませ。殿下は、必ずご自分のお部屋にお戻りくださいね」
 ディルクが首肯するのを見届けると、侍従長はゆったりと微笑み直して医女とともにその場を去った。ティアナは二人のために淹れてきたハーブティーをテーブルの上に置いていく。
 ユニカは袖の上から針を刺された場所をさすった。
 大丈夫、もう痛くはない。けれど。
 ディルクが席を立ったと思ったら、どうやら出ていったのではなくハーブティーを取りに行ってくれただけらしい。甘い香りを漂わせて彼はユニカの隣に戻ってくる。
「私の名は、私の生みの親がつけました。父か母か、それは分かりません。私も、誰も覚えていなかったし、知りませんでしたから」
 ユニカはカップを受け取り、口を開いた。
「女神の名などつけたから、私にはこんな力が憑いたのだわ」
 ディルクは何か言葉を返そうとしたが、すかさずユニカは続ける。
「でも、大切な人たちが呼んでくれた名前だから、嫌いではないの」

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