天槍のユニカ



見えない流星(4)

「ようやくゆっくり話せる時間を作ったのに、君は私と会話するのが嫌なのか?」
「……誰かと食事をすることに慣れていないだけです。向かいに人が座っていると緊張します」
 ユニカはつこうどな口調でそう言い、キッシュを口に入れた。美味しい。味ももちろんだが、中の芋は薄切りにして一度揚げたのだろう、さっくりとした食感がいい。
 一方、ユニカの主張を聞いたディルクは安心したようだった。
「ならばなおのこと、他愛のないお喋りは必要だな」
「他愛のないお喋り……」
「そうだな。今更だが、自己紹介をするのはどうだろう。お互い、名前や身分くらいしか知らないだろう?」
「嘘をおっしゃらないでください。殿下は、私のことを色々と調べてきていらっしゃるはずだわ」
 一度緩んでいたディルクの眉根が、再びきゅっと寄せられる。彼は難しい顔をしながら黙って食事を再開した。否定しない彼を睨みながら、ユニカも次のキッシュをぱくりと頬張る。
「調べたくなるのは無理もないと思うんだがな。母の故郷とはいえ、一度も訪れたことがない国に突然行けといわれただけでも身構えたのに、新しい居住先には伯父以外の同居人が、それも王族でも貴族でもない娘がいるとなれば、それは何者か気になる。君の噂は公国にも届いていたし」
「噂ですか。どんな……?」
「気になる?」
 ユニカが興味を示すと、ディルクは素直に嬉しそうだった。彼が思いのほか無邪気に、いや、悪戯を仕掛けようとする子供のように不敵な笑みを浮かべる。少し上目遣いなその表情には少年じみた可愛らしさがあって、ユニカは不意を突かれた。
「どうせ、この王城で囁かれているようなことでしょう」
「それがそうでもないんだ。確かに、君が陛下に取り入り王城での暮らしを得ているという噂もあるが、公国では、八年前の疫病を消滅させたのは君だといわれているよ。おかげで病は公国へ届かなかった。君はきっと、救療の女神の化身なんだろう、と」
「え?」
「意外かな? 私はむしろ、この国の人々の君への評価が冷たすぎると思ったが。君が数百人を灰に変えたという話も聞いているが、それが真実だったとしても、疫病の対策におくれを取った者達には君を批難できないと思う。君が数百人を殺めていようといまいと、王国の南部はすでに壊滅状態に近かった。死者の数があれ以上増えることも――」

- 257 -


[しおりをはさむ]