天槍のユニカ



見えない流星(5)

「やめて!!」
 淡々と語っていたディルクは言葉を遮られて顔を上げる。
 ユニカは銀器を握りしめた手をぶるぶると震わせていた。燭台の暖かな光の中でも、彼女が真っ青なのがディルクにも分かった。
「違うわ、そんなわけがないわ」
 王妃の到着が間に合い、薬と医師たちが、多くの命を救ったはずだ。
 養父や、キルルや、ほかの村人や、村に集まっていた人々の命も。
「私さえ、いなければ、」
 ユニカはその先を言葉に出来ず、無意味に息を吸う。空気は少しも肺に入ってきた気がしなかった。喉の奥が震えるだけだ。
「すまない、嫌な話になったな。水を」
 血の気を引かせたユニカに、一人残って給仕をしていたティアナが杯を持たせて水を注ぐ。
「公国でもあの疫病に関する混乱はあったんだが、私はどうしても当事者ではなかった。無神経なことを言った。申し訳ない」
 水を飲み干したユニカは頭を下げるディルクに目を向けず、細かく震え続ける胸を押さえていた。
「だが公国での君の評判は、少なくともここよりいい。それに、君の名を聞いて納得もしたよ。ユニカ……古い発音では『ユーニキア』だ。正義と導きの神の十二人の娘のひとり、救療の女神の名だもの。その名は、誰がつけたんだ?」
「これが、他愛のないお喋りですか?」
 ユニカは目を眇めてディルクを睨んだ。結局彼は『天槍の娘』に興味を示しているにほかならない。
 もともと他人に触れられたくない傷がある場所を、ディルクの言葉はつついてくる。不愉快以外のなんでもなかった。
 せっかく、何度も助けてくれたことへのお礼を言おうと思っていたのに、やはりディルクは『天槍の娘』の何かしらを利用しようと考えていただけなのだろう。
 分かっていたつもりだったが、なぜか気持ちがささくれる。
「いけないか? 君のことを知りたいから訊いているだけなのに」
「『天槍の娘』のことをお知りになりたいのなら、たくさんいるご家来から情報を集めてはいかがですか。エリュゼのように、私の深いところを知る人間もいるでしょうから」

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