天槍のユニカ



見えない流星(3)

「噂を否定なさらないのですか?」
「労力を割かなくてはいけないほどの噂でもないし、皆が飽きればそのうち消えていくよ。噂を真実にするのも悪くはないしな。鴨は食べられるか? 燻製の」
「かも?」
 引っかかる言葉を聞いた気がしたが、卓上に並べられていく皿を見てようやく事態を悟ったユニカは引っ繰り返った声で訊き返した。すると王太子は公式の場で見せているのであろう極上の笑みを浮かべ、箱を抱きしめていたユニカの手を片方取り上げる。
「食事にしよう」
「ここで?」
 テーブルの上に出された前菜を見れば、そんなことは訊くまでもない。
「そう、一緒に」
 狼狽えるユニカを席まで導くと、ディルクは自ら椅子を引いて彼女を座らせる。黒檀の箱を預けるように手を差し出してきたが、ユニカは逆にそれを強く抱きしめて手放そうとしない。
「勝手に中を見たりはしない。向こうに置いておこう。手が塞がっていては何も食べられないよ」
 確かにそうだ。不信感を露わにしながらも、ユニカは黒檀の箱をディルクに渡した。
「手は大丈夫そうだな」
 ディルクも席に着き、どちらからともなく銀器を手にとって食事を始める。
 キッシュを切り分けていたユニカは手を止めた。顔を上げ、心配してくれる彼を思わず見つめ返す。
 火の色が映り込むと、ディルクの瞳はとてもきれいだった。もともと珍しい、光の加減によっては青にも見える緑の虹彩に橙色が差し込むと、彼の髪のように淡い金色に変わる。不思議な色だ。
 ディルクが首を傾げると、ユニカははっとなって視線を手許に戻した。ナイフを握る手には包帯が巻かれていたが、ディルクの言うようにもうほとんど痛みはない。包帯をとっても大丈夫だろう。
「痛いのか?」
「いいえ」
 応えないでいるとディルクがまた問うてきた。さすがにユニカの愛想のない態度が不満そうである。彼は銀器を置くと頬杖をついてこちらを睨んできた。

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