見えない流星(2)
「つれないな。せっかく仕事を早めに切り上げて戻って来たのに、君はもう部屋にいないし、まるで用がないなら来るなと言っているように聞こえる」
「ご用がないのなら私のところへは近づかない方がよいと思いますが。その、お世話をしていただいたうえにこちらに泊めてくださるのはありがたいですけれど、ティアナという侍女が何か勘違いをしているようで、おかげでほかの侍女も勘違いを……」
「勘違い?」
「殿下が、愛人を選んできたと思っているのではありませんか? 私が西の宮に住んでいるあの娘≠セということも勘付かれています。早く誤解を解いて、私と何かあると思わせるような行いは慎まれた方がよいと思います」
「なぜ?」
立ち上がったディルクはテーブルに置いてあった鈴を鳴らした。合図を待っていたのだろう、彼の侍女達がワゴンを押して部屋へ入ってくる。それぞれ部屋に明かりを散らしに行ったり、テーブルに布を広げ始めたり。
何をするつもりなのかと彼女らを警戒しながらも、ユニカは声をひそめて言った。
「なぜって、あなたはこの国の世継ぎでしょう? 私と親しいことは殿下にとって不利になります」
「一体何に対して不利になるのか私には分からないが……今さらだな」
「今更って――?」
「私は君ととても親しいらしい。城兵の間からそういう噂が立っている」
どうしてそんなことに。
絶句したユニカだったが、すぐに思い当たることがあった。
公子エイルリヒが毒を飲まされたというあの時、ユニカはディルクに抱えられて城の中を移動していた。エルメンヒルデ城の中には小区画を形成する城壁が無数に走り、また各区画を繋ぐ門も無数にある。
あの日の様子は、門を守るどれだけの兵士に見られたかとても数えられない。ディルクに抱えられていたのが誰なのかということなど、迎賓館を出入りしていた侍官や召使い、諸侯たちの口から勝手にもれていくだろう。
ああ。なんてばかなことをしたのだ。自分は顔を知られていないと思ったし、城に仕える多くの者は、禁忌であるユニカのことは見て見ぬ振りをするだろうからと気を抜いていたことは否めない。
新しく迎えられた王太子は、今城内で最も目立ち、最も話題に上るお人だ。広がっている噂は「ユニカについて」というより「王太子について」語るものだろうが、そこに自分の存在が加えられていることは非常に居心地が悪かった。
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