天槍のユニカ



剣の策動(9)

「しー」
 ディルクの冗談を真に受けたユニカは思わず怒る。するとすれ違う官吏が怪訝そうに三人を眺めながら通り過ぎていった。訂正せよと言いたかったが、少しでも目立ちたくないがためにユニカは悔しげに黙った。
「ここでは説明出来ない。ティアナ、とにかく彼女を東の宮で保護してくれ」
「かしこまりました」
「ユニカ、君はティアナの同僚の振りをしてついていくんだ。彼女と一緒ならどこの門でも身分の確認なしに通れる。宮へ着いたらひとまずは私の部屋で待っていてくれ。本も置いてあるし、湯浴みをして身体を温めていてもいい。その前に……手当が先かな」
「すぐに治ります、これくらい……」
「すぐに治るかどうかは君の身体に任せるよ。だが触ると痛いんだろう。包帯くらい巻いておくといいんじゃないか?」
 ディルクはユニカの右手を持ち上げると、傷を気にしながらそっと握りしめる。お互いに掌は冷え切っていたが、触れ合ったところにじんわりと熱が生まれてきた。
 たったそれだけのことだったが、ユニカは狼狽え慌てて手を引っ込める。お礼を言うべきところだと分かっているのに、うつむくことしか出来なかった。きっと周りに知らない人間が多すぎるせいだ、と心の中で言い訳しておく。
 あとで落ち着いて話をする時間があったら、きちんとお礼を言おう。わざわざユニカを探しに来てくれたこと、それから、もう一月も経っているが、刺客に襲われたユニカを助け、介抱してくれたことについて。
 ディルクはユニカの素っ気ない反応にも気を悪くした様子はなかったが、しかしその表情は、ユニカの背後からやって来た人物に気づくと同時に強張った。
「顔を伏せて。私の後ろに」
 小声でそう言うと、ディルクはユニカを庇うように彼の方へ進み出た。
 現れたのは、この上なく渋面の近衛隊長である。
「殿下、どちらにいらっしゃいました」
 聞いたことのある声にユニカは緊張した。直接言葉を交わしたことはないが、時折、ユニカと会うために温室へやって来る王に同行していたことがある男だ。ユニカのことをよく思っていないのは彼の視線からひしひしと伝わってきた。
 ユニカの怯えた様子に気づいたのはティアナだった。
「殿下、わたくしどもはこれで失礼いたします」
「ああ、頼んだぞ」

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