天槍のユニカ



剣の策動(8)


     * * *


 すれ違う人、人、人。誰もがユニカの前を歩く王太子に頭を垂れていく。ディルクも穏やかに微笑みながらそれに応えていた。
 どの官吏も、ユニカには少しも興味を示していない。王太子が侍女を連れて歩いているだけにしか見えないのだろう。それでも緊張で激しく胸が脈打っていて、ユニカの挙動はかなり不審だったに違いない。
 王城の中にはこんなにたくさんの人間がいたのか。ユニカは改めて驚いた。そして、西の宮が王城の中でいかに辺境なのかを思い知る。
 ここは王をはじめ各行政大臣たちの執務室が集まるドンジョン。シヴィロ王国の政治の中枢だ。
 宮へ案内すると言われてのこのことついてきたが、まさかドンジョンを突っ切って行くとは思わなかった。なので、ユニカは顔を伏せながらディルクの背中を追うのに必死だ。
 そんなユニカの気配を感じとってか、周囲に人がいなくなると、彼は立ち止まってユニカの様子を確かめてくれた。しかし、人の間隙などここではほんの一瞬のこと。何か言葉を交わすほどの余裕はない。
 それでも、ユニカがついてきているかを確かめてはふと笑う、ディルクの気遣いが嬉しい。大勢の知らない人間に囲まれるだけで嫌な汗が背筋に浮き上がるが、青緑色の瞳に自分の姿が映ると安心できた。
 また一人の官吏が叩頭するのにディルクが手を振って応えた。その向こうから歩いてきた年若い娘が、ディルクに気づくと早足でこちらへ歩み寄って来る。
「殿下、こちらにいらっしゃいましたか」
「いいところに来てくれた、ティアナ」
 彼女はぺこりと頭を下げ、ディルクの後ろに隠れるようにしていたユニカに気づくと少しだけ驚いた。
「近衛隊長が殿下を探しにお部屋までいらっしゃったので、これは何か……と思いましたが、なぜユニカ様がこちらに?」
「ちょっと逢い引きをな」
「違うわ!」

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