天槍のユニカ



剣の策動(6)

「あんな女?」
 肩越しに遣り取りしていただけのルウェルの声が、突然低くなった。振り返った彼は大股でライナとの距離を埋め、同時に剣を抜き放つ。
「あんな女ってのは、姫さまのことかよ?」
「ルウェル殿!」
 遅れて席を立ったローデリヒは、二人の間に割って入りながらライナの首筋に宛がわれているルウェルの剣をそっと押さえた。
「抜剣は、いくらなんでもまずいでしょう。おさげください」
「聞いてんだよ。ライナ、あんな女ってのは、姫さまのことか?」
「これは見ての通りまだまだ子供です。指導が行き届いていないのは我々同輩と上官の落ち度。公妃様はもちろん、王家の名誉を汚すことのないようよく教えますので、今日は私に免じて、どうか」
「答えろ」
 いつものように飄々と、ライナが食ってかかるのをかわそうとしていたさっきまでのルウェルとは、まるで別人の声だった。明らかな敵意……殺気といってもいい感情が彼の緑色の目の奥にぎらついている。
 激しい殺意に晒されたことのないライナはそれだけで身体が竦んでいた。
「ルウェル殿、その剣は、陛下と殿下をお守りするために捧げた剣のはず。私闘に用いてはなりません。おさげください」
「……ふん」
 辛抱強く呼びかけるローデリヒの声に、ルウェルはようやく応じた。鼻で笑うと、彼は掴んでいたライナの胸ぐらを突き飛ばして剣の切っ先を下げた。
「あんな儀式(もん)、ただの形式だろ。現にこいつも腹の底では姫さまとディルクのことナメてやがるぜ。忠誠を誓ったのが本気のことなら、王様の妹をあんな女′トばわりはねーだろ」
 剣を肩に担いだまま、ルウェルは青ざめたライナを見下ろして嗤った。
「ガキだと思って見逃してくれる優しい先輩ばっかりじゃねーぞ。ディルクの前で言ってみろ。その場で殺す」
「ルウェル殿……」
 宥めようとするローデリヒを押しのけて、ルウェルは立ち尽くすライナに手を伸ばした。
 また胸ぐらを掴みあげられるか、殴られるか。そう思ったライナはぎゅっと目を瞑る。

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