天槍のユニカ



いてはならぬ者(3)

 ディルクの王家入りが承認されて間もなく公国を発ったので、シヴィロ王国の国法について事前に学んでくる暇は当然なかった。
 いくら主従国とはいえそれぞれに君主がいるため、王国と公国の法規は似ているが細かい違いがある。ディルクは政治の舞台に立つ前に大急ぎでそれを頭に入れる必要があった。明日からは教師もつけて、本格的に法制について学ぶ。
 王族には王族の苦労があるのだなとしみじみ思いながら、カミルはディルクの邪魔にならないようそっとカップを置いたつもりだった。しかしディルクはすぐに気がついて、顔を上げ微笑んでくれる。カミルも頬を弛めた。
 以前から王子付きの侍従だったカミルだが、彼に任されていた王子の世話といえばもっぱら十一歳の王子の遊び相手だった。だから引き続き新しい世継ぎの侍従として仕えるように命じられてからは、しばらく重圧で眠れない夜が続いたものだ。
 なんといっても、今度仕える相手は立派な青年なのである。すぐにでも王の政治を佐(たす)けられる、まさに世継ぎ。
 カミルの仕事も遊び相手ではない。身の回りの世話の手配、予定の管理、公私を問わずディルクが関わる人々との間に入り取り次ぎや連絡をすること。
 ディルクの暮らしすべてを補佐することになる。それは子供だったクヴェン王子の世話をするのとは比べようもなく重要な仕事だった。長くディルクに仕えることが出来れば、将来、カミル自身が政治に対して力を持つことも可能なのである。
 それこそが重圧のもとでもあったのだが、ディルクの気さくな性格にカミルはあっさりと緊張を解かれ、惚れてしまった。
 ちょっとしたアイコンタクトに照れつつカミルが満足していると、せわしなくノックの音が響いた。続いて「兄上ー!」と、まだ少し高い声が続く。
「エイルリヒ様ですね」
 弟君の声もしっかり覚えたぞとアピールしながらカミルは扉を開けに向かうが、彼が取っ手に手をかけた瞬間。
 ごんっ、と、痛ましい音を立ててエイルリヒが飛び込んで来た。彼はちらりと扉を振り返るが、その後は一目散に兄の傍へ走って後ろから抱きついている。
「俺の侍従を撥(は)ねたぞ」
「え? 嘘。ああ、本当だ」
 遅れて入室してきたエイルリヒの侍従・マティアスに助け起こされながら、カミルは鼻を押さえて悶え転げたいのを必死で我慢した。
「そんなことより、」

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