天槍のユニカ



いてはならぬ者(4)

 カミルに一瞥をくれただけで、エイルリヒは兄の耳にごにょごにょと何ごとかを囁いている。ディルクは一つ二つ頷きながら、やがてにやりと笑った。
「明日から教師も来ることだし、今日はこれまでにしよう。カミル、上着を」
「は、はい!」
 外套を引っ掴んでディルクの傍に駆け寄ったカミルは、主が失笑しかけて顔を背けたのに気がついた。きっと鼻が赤くなっているのだ。それもこれも……と恨めしげにエイルリヒを見ればじろりと睨み返される。しかし冷たいエイルリヒとは違って、ディルクは涙を浮かべるカミルの肩を叩き慰めてくれた。
「下見はどうだった?」
「しっかり行ってきましたよ。まったく、公国使節代表の僕に手伝わせますか?」
「俺は忙しかったんだ、仕方ないだろう。お前はどうせシュテルン公爵にすべて仕事を任せているんだろう? 散歩がてらに行ったなら暇がつぶせてよかったじゃないか」
 主が息抜きをしてくれるのはいい。疲れていたようだから。しかし兄弟とともに宮を出てしばらく、カミルは冷や汗をかき始めていた。
「殿下、恐れながら、どちらへ向かっていらっしゃるのですか?」
 談笑しながら歩く兄弟は迷うことなくドンジョンの区画を超え、西側へ入ろうとしているように思えてならない。
「向こうに温室があると聞いた。硝子張りの大きな建物らしいな」
「中にはせせらぎもあるし、趣の違う四阿(あずまや)も三つありました。冬なのに花もたくさん咲いて、なかなかいい雰囲気で」
「屋根に雪は積もらないのかな」
「ドームになっているので滑り落ちていくみたいですよ」
「それはまた洒落たつくりだな。楽しみだ」
 兄弟の会話にぎょっと目を瞠り、カミルは二人の進路を塞ぐためその前に飛び出した。
 エイルリヒが不快感をあらわに睨みつけてくる。
「西の区画へは、まだ殿下をご案内しないよう、陛下からおおせつかっているのです。外郭に温泉水を引いた別の温室がございます。中は果樹園になっておりまして、」
「だから?」
「本日は、そちらへご案内しましょう」
「不要です」
 容赦なくエイルリヒに切り捨てられ、カミルはうぐっと言葉を呑み込む。
 まぁまぁと弟の頭を撫でて宥め、ディルクが済まなそうに息をつきながら言った。

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