天槍のユニカ



剣の策動(3)

 ライナは赤くなりながら机を飛び降りた。思わず主のいない近衛隊長の椅子を見る。
 彼らの上官は忠誠心に篤く厳格だが、少しだけ身内に甘い。兵が自らの悪事に気づき思い改める時間をくれる。が、その機会を逃せば拷問並みに厳しい譴責を喰らうことになるだろう。
「こういう細々したことを殿下に報告なさっていないのも、一応お前達のためだぞ。殿下は小さな規律違反も見逃さない方針のお方だから、ばれれば北の国境行きかも知れないな」
 それを聞いて、子供っぽくむくれていたライナの表情がにわかに引き攣った。
 ライナは、王太子が近衛隊の、そして王国軍の長となったことが気に入らない人間の一人だ。理由は様々、周りの先輩から吹き込まれているが、一つにはディルクが騎士の率いる小隊を解体しようとしているからだった。まだ自分の隊を持って三月経たないくらいなので、ライナは単純に面白くない。
「この城の事情もよく知らない奴が偉そうに。近衛はラヒアック隊長のもとでうまくまとまってる。なにが『近衛長官』だ」
「殿下には大きな武勲がある。将としても、相としても才能のあるお方だよ。それより、ご本人がいないところでもそういう言い方はよさないか。ふとしたときに表に出るぞ」
「ふん。武勲? バルタス鉱山の一つじゃないか。それに、意見を言ってくれとおっしゃったのは向こうだぜ。だから近衛はこのままでいいって言ってるんだ」
「お前の口ぶりは王家の方に対する態度として相応しくない。近衛は剣だけではないんだ。お前にはその辺りの自覚が――」
「分かった分かった」
 まだ歳相応のやんちゃさが目立つライナは、物腰柔らかで作法の面でも完璧なローデリヒに散々注意されてきた。本人は聞き飽きているが、ローデリヒの教えが身についているかどうかはまた別の話だった。
「そういえば、殿下はもう『天槍の娘』と親密らしいな。殿下の手が早いのか、娘のたぶらかし方が巧いのか。ま、どっちもだろうけどな。娘はもう長いこと陛下に取り入って姫君暮らしだし、噂じゃ殿下も、王家入りが決まるまでの一年半、十人も二十人も愛人がいたんだろ。そんな軟弱な奴が俺たちの長だなんて」
 噂の数字が大げさなのは承知の上だが、ディルクがここ最近、恋人を取っ替え引っ替えしていたのは本当のことらしい。

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