剣の策動(2)
ローデリヒは命令書を未決済の籠に入れ、再びもとの書類仕事に戻る。
これで用は済んだのだが、ライナは立ち去らずに、ペンを動かすローデリヒを間近で眺め続けた。
「まだ何かあるのか?」
「あるにはある」
しかし、ローデリヒの右手を見ればそれもなかなか口にし辛い。ライナは考える振りをして部屋を見渡した。
ローデリヒは、長年故郷を離れて都に暮らしているライナにとって兄代わりの先輩でもある。近衛騎士の中では歳が一番近く、よく声を掛け面倒を見てくれるので、ライナは何かと彼に甘えがちだった。
その最も慕う同僚が書類に埋もれているのを見ると胸が痛む。
今月に入ってけがをしたローデリヒは、そのまま騎士号を返上すると言い始めたのだ。
どういうけがだったのか詳しく語らないまま、昨日からラヒアックの部屋で事務仕事を手伝い始めている。正式に事務方へ配属されるための辞令も数日内に王太子が出すそうだ。
「ローディ、本当に腕は治らないのか? 時間がかかるだけかも知れないだろ。騎士号の返上はもう少し待てよ」
ローデリヒはゆっくりと首を動かし、机に腰掛けたままのライナを見上げた。
彼が以前は見せたこともないような陰鬱な笑みを湛えているのに気がつき、ライナはうっと息を呑む。
「待ったところで無駄だろう。ペンもようやく握れるくらいだ。これではいざという時に陛下をお守り出来ない」
ローデリヒはそう言って、布を巻いて太くしたペン、それを帯紐で巻き付けてある右手を持ち上げて見せた。
ペンすらこの様子ではとても剣など握れないし、彼が食事にも難儀しているのを知っているライナは自分が口にした言葉を後悔する。しかし諦めきれないのである。
ローデリヒの剣は御前試合でいつも上位に食い込むものだったのに。そのトーナメント戦でライナはまだローデリヒと剣を交えたことがない。本気で勝負し、必ず勝ち星を挙げたいと思っていた憧れの騎士だったのに。
その機会は永遠に失われようとしている。それは、根っからの剣士であるライナにとって堪らなく口惜しいことだった。
「こういう仕事も悪くはない。兵舎での暮らしを数字で見ると面白いんだぞ。ライナ、またレモント殿にそそのかされて厨房の酒をくすねて行ってるんじゃないのか? 減りが早いことに隊長も気づいていらっしゃる。叱られる前にやめることだな」
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